東京メトロ千代田線北千住駅より

電車の中で結構携帯電話をいじる人は多いだろう。私もそのクチで、ニュースを見たり、このように小欄を更新している。

でも、車内で携帯電話を使っていると、たまに後ろから携帯電話を覗き込まれているような視線を感じることがある。

ふと目を上げてみると、大抵は勘違いだ。しかし稀に電車の窓に私の携帯を覗きこんでいるおじさんが写りこんでいることがある。ギャア、恐怖の瞬間。

そういうときは、平静を装い、すぐさま自然な動作で携帯電話のカメラを起動し、スッと窓に向ける。他人の携帯電話を覗き込む自分の顔がその覗き込んだ携帯電話に出てくる恐怖。ギャア!怖い!

おじさまはすぐさま目を離してしまいますのでご活用ください。ただ、むやみにやると車内撮影フェチと思われますのでお気をつけ下さい。

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新聞を読んでいる方も覗き込みを気にすることがあるでしょう。その場合もこれを応用して、紙面を全面鏡にしちゃえばいいんじゃないかな?覗き込み防止は元より、朝は気付かなかった自分の突出鼻毛も発見できるかもしれませんよ。


四万十川




折り合い折り合わせ

もつ鍋を作った。

味付けしたモツにキャベツとニラとニンニクを文字通り山のように入れ、塩、醤油、唐辛子、その他調味料でアグレッシブな味付けに仕上げる。うまい。実にうまい。

煮込むことによって出てくる鼻をつくモツのにおいもニンニクとニラの臭気と渾然一体となり、スタミナ感をスピードアップさせる。いいぞ!その調子だ!

気付けば買ってきたモツとキャベツ一玉とニラは全てなくなっていた。ここ数ヶ月感じていなかった満足感と口臭を抱え、横になってふと思った。

俺はモツに対してちゃんと折り合いがついているんだろうか。

うんこの通り道(というか製造元)の臓器を食べるという事実を「でも、うまいから」で蓋してないか。ていうかうんこ食ってないか。俺。このモツの脂のとこ、妙に茶色いよな。ほかのと比べても茶色いよな。変色って言えばガンかな?それはそれでまずいよな。やっぱうんこかな。どっちがマシかな?人間の尊厳守れるかな?

以前、とある香港映画で、屋台のモツ入り中華麺を食べた男が店主に向けてこんな罵倒を繰り広げていた。

「汁には味がない、麺は伸び伸び、おまけにモツには洗いきれてないウンコがついてら!」

あー、やっぱウンコついてるよなー。洗っても残ることあるよなー。食ってるよな。俺。モツ煮は味噌が主流なのもそういうことか?
モツ鍋を食べるOLとかどう折り合わせてんだ。

「あら、プチ・ブラウニーがついてるわー」
とかファンシーな名前をうんこにつけて、回避してんのか。いいのかそれで。それとも、「うんこはまあいいから自分探ししなきゃね」とかそんな感じか。間違ってないか。


とりあえず脂が茶色いモツをトイレに流した。弱い人間だ、俺は。頭を抱えた。




人んち

高校2年生だったか、学校の帰りに同級生の友人の家に初めて行った。

彼の家は広島市内から程近い牛田山というところにあり、ひどい急斜面の途中に白くて楚々としたたたずまいの家が上品ながらも窮屈げに立っていた。

家の中はまだ新築の香りがし、とても清清しかった。何の話をしていたか忘れたが(確かガロの漫画の話をして、蔵書を自慢されていたような覚えがある)居心地の良さにボーっとしていて、気付いたらもう7時。帰宅しなくてはいけない時間になった。

すると、友人の母が部屋に来て言った。

「夕飯食べていったらいいじゃない」

当時の私は姉との二人暮らしで、ちゃんとした家の食事というものに飢えていたから「ハイ」と即答。

「じゃあ、ここに持ってくるから待っててねー」

気さくにそう言い部屋を出て行く友人の母の背中は大変頼もしく、いやがおうにも「家の夕食」への期待が高まる。その後の話は気もそぞろ。羅列される漫画家の名前は左の耳から右の耳へ。わざとらしく「腹減ったなー」とアピールをしていたら思いのほか早く黒塗りのお盆に乗せて夕食が運ばれてきた。そうか、もう用意してあったんだな。母、すげー。

机に白く輝くごはん、具沢山の味噌汁が置かれる。うまそう!期待に輝く私の目。さあ、メインディッシュは何だ。

トン。最後に置かれたのは大きめの皿。左半分にキャベツが大きく盛ってあり、その隣には沢蟹の唐揚げが2つ。

「ゆっくり食べてねー」

パタンと音をたてて扉が閉まる。友人は「まあ食ってよ」と言いながらさっそく沢蟹をパクリ。バリバリという音が部屋に響く。私はどうしていいのか分からずとりあえずキャベツをわしわしと口に運んだ。

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私がいなければ友人の沢蟹は4つだったのだろうか。ほんのりと心と沢蟹の足が刺さった内頬を痛ませながら帰りの急な坂を一気に駆け下りた。


物語(仮) その7

小銭投入口に100円玉を1枚と10円玉を2枚入れてコカコーラのボタンを押すと、酷い音を立てて自動販売機が倒れた。慌てて彼の上に跨り、倒れてもなおチカチカと光る腹部に両手を突っ込んで手当たり次第にまさぐると、金属のひんやりとした感触がした。これがコカコーラだなと思ってそのカチンとした曲面に手を這わせるが、いくらやっても引っかかりどころがなく表面を撫ぜるだけだ。苛立ち始めた僕がその無愛想な金属に荒々しく指をめり込ませると前方からイタイイタイと声がした。

ハッとして前を見ると彼方のトンネルに向けて延々と倒れた自動販売機が連なっている。自動販売機のチカチカとした光はいつの間にか消え、代わりに大きな血管が二筋浮き立っている。いやな予感がして背後を見るとその血管をレールにして列車がこちらに向けて猛スピードで近づいてきている。

「畜生め!」

僕は叫ぶと自動販売機から飛び退き、列車をやりすごす。途中トーン、トーンと音を立てて次々に同僚が列車から身を投げ、赤々としたはらわたを晒している。僕は悔しくなって列車に飛びついた。按配よく側面の取っ手に手を引っ掛けることができたのだけど、そのころには丁度トンネルに差し掛かっていて、自分の腕のあたりからガシリという大きくて静かな音がした。


満員電車発車オーライ

山手線終電あたり。新宿から日暮里に向かうため乗った車両は大変な混みよう。背後を若者二人組、そこから時計回りに濁った白眼の初老の男性、妙齢の女性、頭が綺麗に禿げあがった男性、若いのに異様な白髪をした男性にぐるりと囲まれた私は息苦しい思いをしながら扉の上部についたディスプレイを見るともなしに見ていた。

満員電車は奇妙だ。距離学でいう「親密な距離」に、数えるのも嫌になるほどの人間の侵入を許し、呼気を顔に浴び、自分宛てでない囁きや、携帯電話のボタンを押すカチカチとした音や読んでいる小説が佳境に入って興奮した人の鼻息を明瞭に聞き取らされる。

慣れればどうということはないが、改めて見ると都心(あるいは都心に近い場所)に住む人の日常にどーんと大きな特殊が横たわっていて、憂鬱なようなどうでもいいような存在感をはなっている。とても面白い。面白いけどそろそろいいかな。

そんなことを考えていたらディスプレイが広告を写し始めた。

ANAの成田⇔シカゴ線再就航のCM。

バスケットボールの試合シーン。画面内ではシカゴのバスケットボールチームのユニフォームを着た「鹿」が華麗なプレイを繰り広げる。ダンクをギゴッと決めたところで、監督役の長嶋一茂がガッツポーズ。最後は鹿が五頭並んでシカゴでお買い物という、駄洒落もいい加減にしてよ、という内容。

何度か見て飽き飽きした私だが、他に目のやり場もないからこの映像を見ていたら、このCMの開始を目にとめた私の背後の若者二人組が話し始めた。

「これ!これみろよ!」

「あー、このCM?」

「これ面白いよなー、最高」

「確かに。」

そうかなあ。私はそう思いながらCMから目を離す。この若者たちにつられてCMを見たという状況になってしまうのが恥ずかしいからだ。二人の会話は続く。

「ていうか、なんで一茂ていうね。」

「トナカイがバスケてのがね。」

あれは鹿だ。トナカイだったらCMが全ての意味を失ってしまう。

「あれ、なんでトナカイなの?」

「いや、クリスマスとかじゃない?」

「カナダとかじゃね?」

だから鹿だし、クリスマスはまだ先だし、シカゴはカナダじゃない。そして、何故に私はこのCMの意図するところを擁護しなくてはいけないのか。そんなことを考えながら、電池の切れた携帯オーディオを恨み、荒い鼻息を禿げ上がった男性の後頭部に吹きかけた。


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