夢 3

海沿いに行きたいと思った。

地図を開くと東京湾の東側、船橋の南あたりの房総半島の手前からニョッキリと出た半島があった。ギザギザした海岸線が旅情をそそる。

おお、ここへ行けばいいじゃないか。俺はなぜここに行かなかったのだ、と調べると、渋谷で一旦途切れた東急東横線が新木場から再度出ていて、その半島につながっているとのこと(関東圏以外の方は、まあ、交わるはずのない路線が交わっているという感じでとらえてください)。よし、いいじゃないかと乗りこむ。

電車は非常に快適で、ゆったりしたシートに個人用ディスプレイ。脇からヒョイと出す簡易机には穴があいていて、そこからは無尽蔵にコリアンダーシードが出てくる。ほじくりだして匂えばかぐわしい。

さらに乗客にナムルのサービスがある。さすが東横線だ。乗務員は客それぞれに、モヤシ or ホウレンソウ or ワラビ!と問うている。

「僕はホウレンソウがいいんだ」と言うが、女性乗務員は改札鋏でパチンパチンと豆もやしナムルの豆部分を丁寧に切り取り、僕に笑顔で差し出してきたので、やっぱり文化が違うなあと思いながら受け取る。上品なごま油の香りがする。うまい。まあホウレンソウじゃないけどいっか。おいしいし。

それにしても、ナムルは乗客の当然の権利のはずなのに、なんで地下鉄東西線はそれをしないのか、と憤る。でもこの当然の怒りは誰に伝えればいいんだろう。

下らぬ思いを乗せて海岸線を走る。西に広がる風光明媚な景色に旅情を感じながら地図を見ると、半島は運河により南北に分割されており、その運河を渡す「日本森本橋」という橋がある。どうもその手前にある地域には、かなり昔からある神社や武家屋敷(里見家という武家らしい。)が密集しており、私の気持ちをそそる。

日本森本橋を渡る手前に「サービス岬」という駅があるので、そこで下車することにした。

思ったより近代的な駅舎を出ると、対して予想通りの昔ながらの街並み。白壁、石垣が並び、なかなか風情のある土地。興奮して写真を撮る。

写真を撮っていると、貧乏そうな身なりをした親子が行く手を遮る。岬ではテニス魔に襲われるから、と強引に家に招待される。

ところどころ穴のあいたアパートの2階。タタミはすべて取っ払われて、むき出しの板の間にはゴロゴロと黒ずんだ白菜やピーマン、きゅうりが落ちている。ザラザラとした木の感じと合わせて、とても素敵なものに見えてしまう。父はしきりにそれらの野菜を私にプレゼントしようとし、腐っているのでと断ると無言でストーブに火をつけた。

夏のストーブは爆発するというのが定番である。当然今回も爆発するに違いない。そう読んだ私は、「神様助けて!」と大声をあげる。

すると、ボロ屋の窓から神様が入ってきて、「じゃあ、助ける」と言わんばかりに私の手首をグイと持ち、その部屋から引きずり出した。そのまま空を飛ぶ。

もと来た方を見やれば、「ああ!」と私を見上げる親子。背中のほうからストーブが爆発して、黒ずんだ野菜とともに窓から放り出されていた。

神様はサービス岬にほど近い通りに私を下すと、頭の真ん中から割れて消えた。

いつの間にかすっかり日も暮れて、寺の向こうの夕暮れが綺麗。カメラで取ろうと思うが暗くて手ぶれ。どっかで支えないと思い、寺の周りを囲む2メートル塀の上に手を伸ばしてカメラを固定して、シャッターを押す。

撮れ具合を見るためカメラを見ると、和尚のような人がカメラにアップで映っている。2メートルの高さなのに何故?と訝しく思って再度同じように撮る。やっぱり和尚が撮れる。何度撮っても同じように撮れてしまう。とはいっても撮るたびに和尚の顔は疲れで歪んでいっており、最後には疲れと怒りでもう見てられないくらいに恐ろしい顔だ。こちらがシャッターを押す度にジャンプしてカメラに写っているに違いない。

仕方ないので壁によじ登ってみる。初めて見える塀の向こうは、寺かと思ったらザックリとした岩場で、エッと思っている間に和尚が目の前に跳んで来て私は壁から岩場側に引きずりおろされてしまった。

後から後から、毛皮を身にまとった屈強な男たちが奥の洞窟のあたりから出てくる。ああ、これが稲毛原人か。もはや抵抗もできずに引きずられるように洞窟の中へ。

場面は変わって酒場。どうもこれまでのそれはB級映画だったらしく、ストーリーを話している自分。自分の行動一つ一つで爆笑が起こり、ああ、俺は正しい道を歩んでいるのだ、と満足したところあたりで目が覚める。

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久々に見た長い夢だった。このあとも2〜3エピソードくらいの濃い夢を見たようだが既に大体忘れてしまっている。


夢1
タガメのスープの話。

夢2
トルコで発生した新型インフルエンザの話。


夢 2

トルコで新型インフルエンザが発生したとのこと。

その報に幾分浮ついた町を歩いていると、数年来会っていない女性の友人が何かの行列に並んでいるのを発見。
近寄って話しかける。たわいもない近況を話すと「そういえば、メールアドレスが変わった。」と彼女。「それならこんな時に一石二鳥の方法がある」と私。

私はふところから注射器を出し、腕にブスッ。注射器にピーッとややひかえめに血を抜き取って少しだけ振ると、注射器内に入っていた血の色がだんだん薄くなっていく。同時に中にペラペラのガムの包み紙のようなものが出てきた。

注射器の頭を抜き、中からその紙をピッと抜き取る。ポラロイド写真を乾かすように空中でペラペラと泳がすと徐々に字が浮かび上がってくる。そう、この注射器は血を採ることによってメールアドレスとインフルエンザの両方の情報が取れるのだ。

「joyu@motaimasako.com」というメールアドレス。その横に「■」。陰性ということだ。

よかったなあ、じゃあまたなあ、それにしても何このメールアドレス、と声をかけて帰る。

遠くから振り返る。まだ並んでいる。行列の先頭も最後尾もよく見えない。

家に帰ると自分のPCを立ち上げて、IMEの辞書に「も」と入力すると「もたいまさこ」と出るように登録し、満足。

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したところで目が覚めた。

それにしても夢というのは異常に忘れ去られる。

大学院時代に大脳生理学の授業を受けていたころのある朝、夢からハッと起きたことがあって、起きた瞬間はその一部始終を大体覚えていた。覚えているという自覚があった。しかし30秒もしないうちにその記憶の塊がハラハラハラと崩れていって、すべて跡形もなく消え去ってしまった。

あの時ちょうど短期記憶とか長期記憶とかそういったことを学んでいて、ああ今の夢というのはたぶん短期記憶の中に貯蔵されたボロボロとした大きな塊が全く反復されずに忘却されてしまったのだ。夢という大きな塊だったから忘却というものが自分に「ハラハラ」といった擬音を抱かせるほどに大きな音をたてさせたのだ。などと思った。

まあ、結局たぶん違うんですけど。


夢 1

更新のリハビリとして、夢を見たらここに書いていきたいと思う。
最近は夢を見る機会が減っているので、貴重なものに思えてきたため。
更新頻度は高くないと思われる。

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自分は比較的高級な中華料理屋にいる。
卓上には野菜スープが白と青の上品な椀に盛られている。
卓の脇にはこの野菜スープを調理したコックがぬっと立っていて、いろいろ料理の説明を加えてくるが、背後でついているテレビの音がうるさい。

テレビの音もコックの声もよく聞き取れない中で、最後にコックが言った言葉だけが耳に入った。「このスープは最上級のタガメが入っていますよ。」

うわあ、虫か。俺は虫が苦手なのだ。さすがにそのエキスのにじみ出たスープは遠慮したい。しかし、こっそり捨てようにも目の前にコックが立っており、スキがない。スープ椀を皿からおろしたり乗せたりを繰り返して時間を稼ぐ。椀の中をのぞくとタガメが入っている様子はない。底に沈んでるに違いない。底から俺を伺っているのだ。

と、テレビにさかなクンが出演。海近くでのロケ(日本酒まるのCMの雰囲気)で、港で漁師たちが料理をしている。ドラム缶を半分に切ってそれに炭などを入れるよくあるバーベキューセット的なやつでなにやら大きなものを焼いていて、「できたどー」という声とともにその黒い物体をさかなクンに手渡す。

さかなクンはあの声で「でっかいクワガタですねー」と言う。さかなクンが手に持っているものは顔と同じくらいの大きさのクワガタで、しきりに自分の顔の大きさと比べていかにそのクワガタが立派なものかをアピールしている。

虫嫌いの俺はやめろやめろ、食うな、気持ち悪い!と思うが、さかなクン、なんのためらいもなくその巨大クワガタにわき腹からガブリ。「ムシうま〜!」とあの声。

フォーカスはテレビ画面から自分の手元に移る。さかなクンはさかなクンなのにテレビで虫を食べている。生きていくのは大変だ。なんとなく使命感みたいなのを伝染させられて私はタガメのスープに手を伸ばし、飲んだ。

底に小指の第一関節大のタガメがじっとりと沈んでいた。テレビではさかなクンがクワガタを半分くらいを食べている。これ、食ってるとこずっと放映してんのかとあきれ返りながら、小さいタガメを箸でプリッとつぶした。


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