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ほしのあきの髪の毛の量の多さに圧倒される。



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毛隠し

雑誌を読んでいたら「パラオ」という国の名前が目に留まった。ダイビングやアントニオ猪木の所有する猪木島があることなどで有名な島国だ。

当然南国ということで、ハワイやグアムなどと同様に明るいイメージを持っていて当然のはずだが、今回、私がこの「パラオ」という言葉を目に留めたときは、それとは全く関係のない言葉ばかりが頭に浮かんだ。

やれ「残念」だとか「無念」だとか「不毛」だの「隠匿」といった、南国の島国とは思えない言葉たちである。

すわ、これはやはり日本帝国による委任統治時代の暗い歴史が頭を覆ってそんな言葉が出てくるのかなどと自分の頭を探ってみたが、どうも違う。そういった戦争のようなどんよりした暗闇ではなく、ひらひらと目隠しされているような、そんな鬱陶しくちらつく暗さである。

タバコの1本を吸い終わるまで2〜3分ほどじっと考えてみたところ、どうやら「パラオ」という言葉のイメージが「パレオ」と混ざっているらしいことが判明した。

まあ、確かに言ってみれば、あの隠し方は「不毛」ではある。


歌詞

4年くらい前に書いた詞が出てきたので、みんなで見てみましょう。
全体的に痛恨の極みではあるのですが、恥をしのんで公開いたします。
これからもがんばっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。



こんなかんだら痛いでしょう 〜ゴム〜

弁当あけたら酢飯
玄関開けたら二分でなまはげ

僕のあそこは仁王立ち

そういえばこれは何線、何急行?

笑顔のスマイルお前のユー

ブルーギルをつりすぎた

あいつのスタイル高木のブー

アイスピックがささりけり


〜セリフ〜

刺さったと思ったのはアイスピックではなかった
刺さったのはあいつの言葉
ごらん、ゴキブリがいるだろう
そして、夢・お風呂・夢・たかじん・えーーーーーとマサイ族
ご、めん、ほんとにごめん、俺の力は俺乳首
刺さったのはあいつの言葉
ではなかった
刺さったのはアイスピック

オーマイフレンド欽ちゃんファミリー皆殺し
こらえきれないおちんこぽん
あり おり はべり いまそかり
岩に染み入る いまそかり
あいつのハートに いまそかり
今でも君は いまそかり



#

えー。当時はいまそかりが熱かった。熱かったんですよ。


涙について2拝

高校のころの話。私が所属していた2年C組ではナ行の生徒が

ナカタ

ナミオカ

ニシダ

と並んでいた。担任は4月から毎日全く同じ順序でその名を呼んでいたにも関わらず、9月のある日、このように呼んだ。

あー、ツモリ。        ハイ!

んー、トダ。         ハイ!

あー、ナカタ。        ハイ!

あー、ナミダ。


一瞬唖然とした教室では、その事態が飲み込めたと同時に、静かに涙くんさよならの合唱が始まった。

#

ところで、「すし屋ではワサビのことをナミダと言う」ということをつい先日初めて知った。アガリとか、ムラサキとか、そういうのの仲間だ。山葵を食べると涙が出るからこの言葉が生まれたのだろう。至極分かりやすい由来。

まあ、私のごとき自意識の塊になってしまうと、今まで知っていないことを恥ずかしいと思うし、知っていると逆に知ったかぶりみたいに思えてこちらも恥ずかしくなり四方ふさがってしまう感じで、斜めに逃げ出したい!などと思うわけだ。

それにしても、ムラサキだの、アガリだの、オアイソ!だの、そういう言葉は言葉自体にそこまで付随する意味をもたらさないからまだいいものの、ナミダについては感情にまつわる言葉として古今様々な用途で使われ、使い古され、すぐにその情景が浮かんでくるために、少し趣が違ってくるのではないかな、と思う。たとえば。

刺激を強めにしたかった客は
「すみません、ナミダください」
と、思わず最後のリクエストをしてしまうことになる。

店員のサービスの一言は、新進俳優の無茶な見得のようになってしまう。
「ナミダ、もっと欲しかったら言ってください。」

ズボラな店員の一言は思わず無頼派になってしまう。
「あーー、すんません。ナミダ切らしちゃってるんですよ」

そういう意味でも、先日知ったこのナミダという言葉には一定の距離を持って接していきたいと思う。


こんな感じだったか。

さて、こうも間があくと何を書いていいものやらよく分からなくなるのですが、とりあえず書いてみます。

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先日、友人から「自転車のサドルが張り型になっていて、それに女性が乗って公園を走り回るAVを見た」という報告を受けた。

張り型はもちろんペダルの回転を利用して上下に動くわけで、それを聞いた私は「なんとエコな試みだろう!」などと感動したのだが、よく考えてみれば通常の自慰行為などは全て手、足、床などを使うのみの頗るエコな試みであり、環境への配慮という意味では大した新規性などないのだということに気づいた。

天下の行動をアクメ顔で走るということは、つまるところ自慰行為でありつつ示威行為であるという点では大変関心もすれど、そこはかとないがっかり感が襲ったのだった。

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何か違うな。


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