右手に花束、左手に自由、口にマイルーラ

なかったのだ。

会社への行き帰りにいつも通るラーメン屋の店先には、ガラスのケースに入れられた蝋のサンプルが置いてある。

別段何の変哲もない、普通のラーメンを手間暇かけて固く再現した蝋サンプル。どんぶりの3分の1を覆うチャーシュー。スープの色と同化して目立たないが、確かにそこにあるメンマ。彩りを一手に引き受ける麺。スープの表面に姿をほんのり浮かび上がらせる麺。それが人手に触れないよう、ガラスケースに厳重に入れられている。

「フム、蝋だね」などと、すまし顔で通り過ぎるものの、そのたび自分の中にふと静かな意識の乱れが起こるのを感じていた。

それが今日、ない。

いつもどおりガラスケースは置いてある。しかしの中はもぬけの殻なのだ。

突然の喪失感にハタと立ち止まり思わず周囲を見回す。どこにもない。不安に心臓が鳴る。もしや盗まれたのでは・・・?

と、既に閉店してしまった店の扉から一筋の明かりが射している。戸が少しだけ開いているようだ。思わず私はにじり寄り、店の中にいる店員と道を歩く通行人の両方にバレるかバレないかギリギリの体勢で中をうかがってみた(われながら器用な体勢だったと思う)。

蛍光灯の明かりの中、カウンターに店員が座っている。そして何かを抱えている。

ラーメンの蝋サンプルだ。

彼はいつくしむかのようにラーメンの蝋サンプルを膝に抱え、ガーゼのようなもので手入れをしているのである。

店内を覗きながら私は、自分がその蝋サンプルに抱いていた欲望をようやく把握した。そうか。俺はあの蝋サンプルを撫でたかったんだ。

自分と同じ欲望を着々と満たし続ける店員に対して、憧れのような、膝をつねりたくなるような憎しみを抱きながら、私は夜のマッチ売りの少女と化した。


あだ名

高校に入学して、最初のクラス。
彼が期待に満ちた顔で座った席の椅子の裏には一行、「ダニエル」と彫り物がしてあった。

笑顔の素敵な彼。眼鏡のよく似合う彼。勉強はそこそこの彼。そんな素敵な特徴にも関わらず、彼はダニエルと呼ばれることとなった。同じクラスだった私でも私は彼の本名を知ることがないほど、彼はダニエルと呼ばれていたし、ダニエルであった。

2年生になって数ヶ月たったある日、彼は一度だけ私たちに抵抗したことがあった。彼は、突如として涙を流し、このように訴えてきた。

「俺はダニエルじゃない!町田だ!」

皆、ハハハ分かってないな、という顔をして

「ダニエル。お前はダニエルだよ。」

となだめる。ダニエルはシュンとして、一言つぶやく。「ダニエルじゃねえよ・・・」




私は今でも笑顔の素敵な眼鏡男児を見ると、「ダニエル」と思う。なんとなく、そういう心に引っかかる真実が残るだけ、私は彼のことがうらやましくなる。

はたから見たら、だけど。


杏さゆりって最近見ませんなあ。

長いこと放置されていたオムレツ大作戦で、春風亭ネガティブさんの落語が更新されてますよ。こちら

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以前、友人の鈴木と家でグラビアアイドル杏さゆりの写真集を見ていたときの話。完璧なスタイルに男二人息も荒く釘付けになっていたわけだが、とあるページにさしかかったとき、鈴木のページをめくる手が止まった。

動きの止まった写真集を覗き込んでみると、そのページには股間部分(ビキニの下部分周辺とでも言おうか)のアップが大写しになった非常にダイナミックな写真がある。B4程度の巨大な紙に映し出される股間にさぞや彼も興奮したのだろう、と思い、

「ああ、そんなんええよね。」

と語りかけるも、彼からはすぐに返事が返ってこない。見れば顔が青い。しばらくの沈黙の後、彼はグッと息を呑みながら重々しい口調で言った。

「俺がこういう写真撮られたら、と想像したら身震いがしてきた」

二人、あまり想像したくないものの映像を頭に鮮明に焼き付けながら、サッと写真集を閉じた。


安いトリップのすすめ。

えっとですね。火曜からこういうこと言ってもしょうがないかもしれませんが。

べろんべろんに酔っ払ってですね。大音量で音楽かけて、
こちら(pdfです)を開いてください。いいから。開いたら倍率を最大にしてください。たぶん6400倍です。

で、スクロールバーをぐりぐりしてください。あー、そんなに早く動かさなくていいです。まあ、ユアーオウンスピードでいってください。ものすごく気持ちいいです。ありがとう。JR。

「新小岩」の文字が画面に広がったとき、ゾクゾクゾクッ!ときました。私、「新小岩」という文字そのものに感動したのは初めてです。


「にっこりとーろくー」の「くー」の部分。

ファブリーズが好きだ。何にでもかける。部屋に、衣服に、カーテンに。それらにかけ終えたら自分にファッとかける。ちょっと自分が祝福されたような、少しだけ幸福な気持ちになる。

そういうことをしているからファブリーズの減りは早い。この前買ったと思ったのに容器はその重量を失っている。

そんなわけで薬局にファブリーズを買いに行った。通常のもの、除菌プラス、そしてそれらの詰め替えバージョンが棚に並んでいる。私をとってくださいといわんばかりに、前に乗り出して客の手にとられるのを待っている。

棚の前で逡巡する。除菌プラスは外せない。なぜなら我が家には菌がいるから。誰がなんと言おうと菌だらけなのだ。であるからして、迷うのは容器入りか、あるいは詰め替えか。

もちろん空になった古容器は家にある。しかし、家を新鮮にしたいというその気持ちは容器にも及ぶ。裏っかわのところがちょっとはがれかけたファブリーズで私は満足できるのか。ピカピカの表面、ビシッと張ったビニール。そんな容器じゃないとリフレッシュ感なんて無くない?そういう葛藤が私を悩ませるのである。

ひたすら迷い、ぢっと立ち尽くして思いを馳せる。自分の家に、世界に。

そう世界だ。自分が家にある容器を捨て、新しい容器を買うことによって、世界中の川という川が、山という山が泣く。

エコロジーという後ろ盾に守られた私は堂々と詰め替え用パックを購入する。

さて、家に帰った。詰め替えの時間だ。ビニールの注ぎ口をはさみで切り、注ぐ。トクントクンという音を立てながら満たされる容器。

容器の裏っかわのビニールはちょっとはがれてるけど、エコロジーという新しい観念は僕を勇気付ける。さあ!我が部屋をよい匂いにしてくれたまえ。

最初の一矢を放とうと力強くレバーを握り締めると、柄がポッキリと折れた。

山は泣かなかった。川も泣かなかった。私も断じて泣いていない。ただ、ファブリーズの容器の口からだらしなく滴がたれるのみである。


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