食料消費技術研修館である。
食料を消費するということに研修が必要であるということに、私は今静かに感動している。この中ではどのような技術が伝承されているのだろうか?
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今日は都内の大手商社である四角紅の社員が100人ほど集まった。若手から重役まで広範な参加者が今後のビジネスプランの一助とするため、食料の消費方法について研修を重ねる。1限目は基礎食糧消費学である。
「みなさーん、この野菜をしってますかー?」
「はーい。」
「じゃあ、たかしくん、この野菜の名前はー?」
「たまねぎー」
「そうねー。じゃあ、どうやって食べるか、おしえてくれるかなー?」
「うん。まず、外の茶色い皮をむくんです。」
「そうね。いいわよ。茶色い皮はパリパリしておいしくないわ。」
「で、あれ?中もまだ皮っぽいな。むけるんでむきます。」
「うんうん」
一枚、二枚とたまねぎをむいていくたかし。
「ああー、なくなっちゃったー。先生、これ全部皮だー!」
「うんうん。いいのよ。たかしくん。これは誰でも陥る罠なの。い〜い?たまねぎはね、一番外の茶色いのだけむけばいいのよ!」
研修会場内から感嘆の声がおおーと上がる。
「でもいけない!このまま食べちゃ!」
「おげぇ〜!」
フライングして茶色の皮をむいて丸のまま食べた武田課長が大きな声を上げる。目からダラダラと涙。ざわ、ざわ。たかが野菜に思わぬ攻撃を受けた武田課長を見て全員が後ずさる。
「ちゃんと先生の言うことを聞いてから動いてね!たまねぎは硫化アリルという物質を多く含むからそのまま食べると辛くて食べられたものじゃないの。たとえばこのように・・・ざっくり切ってね、煮込んだりするとやわらかく甘くなるのよ。」
「おおー」
「もし生で食べたい場合は、今度はスッスッとうすーく切って、水にさらすの。これをオニオンスライスといいます。鰹節とポン酢とかをかけて食べるとおいしいわよ!」
場内、関心しきり。唸り声が聞こえる。
「なお、作家の立松和平さんは学生時代あまりにも貧乏で、ある食堂で一番安いオニオンスライスを1品だけ注文したんです。すぐにたまねぎを薄切りにしたものが出てきたんですけど、彼は一切それに手をつけずにじっと待っていたんです。」
「なんでー?」
「彼はオニオンス・ライスだと思っていて、ごはんが来るのをまっていたんですねー。」
「オニオンスて!オニオンスて!」
わっしょいわっしょい。鬼オンス。ワッショイ。
「だまらっしゃい!私が教えなければあなたたちもそうなっていたのよ!オニオンスライスは坂上忍が主宰の劇団だけじゃないのよ!」
ゴクリ。そこで飲み込んだ生唾は、その恥に対する恐れなのか、硫化アリルのせいなのか。まだたかしには分からないのだった。
「じゃあ、2限目いくわよー!。2限目は『おなかがすいたときにコンビニに行ったら何を買って食えばいいのか学』です!じゃあ、10分休憩!」