物語(仮) その7

小銭投入口に100円玉を1枚と10円玉を2枚入れてコカコーラのボタンを押すと、酷い音を立てて自動販売機が倒れた。慌てて彼の上に跨り、倒れてもなおチカチカと光る腹部に両手を突っ込んで手当たり次第にまさぐると、金属のひんやりとした感触がした。これがコカコーラだなと思ってそのカチンとした曲面に手を這わせるが、いくらやっても引っかかりどころがなく表面を撫ぜるだけだ。苛立ち始めた僕がその無愛想な金属に荒々しく指をめり込ませると前方からイタイイタイと声がした。

ハッとして前を見ると彼方のトンネルに向けて延々と倒れた自動販売機が連なっている。自動販売機のチカチカとした光はいつの間にか消え、代わりに大きな血管が二筋浮き立っている。いやな予感がして背後を見るとその血管をレールにして列車がこちらに向けて猛スピードで近づいてきている。

「畜生め!」

僕は叫ぶと自動販売機から飛び退き、列車をやりすごす。途中トーン、トーンと音を立てて次々に同僚が列車から身を投げ、赤々としたはらわたを晒している。僕は悔しくなって列車に飛びついた。按配よく側面の取っ手に手を引っ掛けることができたのだけど、そのころには丁度トンネルに差し掛かっていて、自分の腕のあたりからガシリという大きくて静かな音がした。


満員電車発車オーライ

山手線終電あたり。新宿から日暮里に向かうため乗った車両は大変な混みよう。背後を若者二人組、そこから時計回りに濁った白眼の初老の男性、妙齢の女性、頭が綺麗に禿げあがった男性、若いのに異様な白髪をした男性にぐるりと囲まれた私は息苦しい思いをしながら扉の上部についたディスプレイを見るともなしに見ていた。

満員電車は奇妙だ。距離学でいう「親密な距離」に、数えるのも嫌になるほどの人間の侵入を許し、呼気を顔に浴び、自分宛てでない囁きや、携帯電話のボタンを押すカチカチとした音や読んでいる小説が佳境に入って興奮した人の鼻息を明瞭に聞き取らされる。

慣れればどうということはないが、改めて見ると都心(あるいは都心に近い場所)に住む人の日常にどーんと大きな特殊が横たわっていて、憂鬱なようなどうでもいいような存在感をはなっている。とても面白い。面白いけどそろそろいいかな。

そんなことを考えていたらディスプレイが広告を写し始めた。

ANAの成田⇔シカゴ線再就航のCM。

バスケットボールの試合シーン。画面内ではシカゴのバスケットボールチームのユニフォームを着た「鹿」が華麗なプレイを繰り広げる。ダンクをギゴッと決めたところで、監督役の長嶋一茂がガッツポーズ。最後は鹿が五頭並んでシカゴでお買い物という、駄洒落もいい加減にしてよ、という内容。

何度か見て飽き飽きした私だが、他に目のやり場もないからこの映像を見ていたら、このCMの開始を目にとめた私の背後の若者二人組が話し始めた。

「これ!これみろよ!」

「あー、このCM?」

「これ面白いよなー、最高」

「確かに。」

そうかなあ。私はそう思いながらCMから目を離す。この若者たちにつられてCMを見たという状況になってしまうのが恥ずかしいからだ。二人の会話は続く。

「ていうか、なんで一茂ていうね。」

「トナカイがバスケてのがね。」

あれは鹿だ。トナカイだったらCMが全ての意味を失ってしまう。

「あれ、なんでトナカイなの?」

「いや、クリスマスとかじゃない?」

「カナダとかじゃね?」

だから鹿だし、クリスマスはまだ先だし、シカゴはカナダじゃない。そして、何故に私はこのCMの意図するところを擁護しなくてはいけないのか。そんなことを考えながら、電池の切れた携帯オーディオを恨み、荒い鼻息を禿げ上がった男性の後頭部に吹きかけた。


泣き顔も笑顔

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マーブル歯科、という歯科があるようですが、言葉だけ聞くとこんな治療をする歯医者しか思い浮かばないですよね。

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以前、友人にここを教えてもらったんですが、最初に見たときより明らかに写真が増えています。いえ、増殖しています、と言ったほうがいいかもしれない。


本日のだから結局何なのよ

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スタチョラー、スタチョラー、スタチョラー

「夢中〜で〜頑張る君へ〜 エールを〜」で有名なレオパレスのCMも放映されてからかなり経ち、藤原紀香の動きもしっくりくるようになった今日この頃ですが、つい先日まで私の友人は

「夢中〜で〜頑張る君へ〜 ウェエエゥオーー」

というシャウトだと思っていたようです。

まあ、それはそれで勢いがあっていいと思うんですが、夢中で頑張る君へ何をしたいのかよく分からないです。


永遠の輪廻

地下鉄神楽坂駅の程近くに「竹ちゃん」という居酒屋がある。半年くらい前からこの辺りに来ることが増えたので、来るたびこの店にふらりと入る。店内は閑散としていて、東京の中心に近い街、神楽坂とは思えない場末の雰囲気が充満している。

妙に天井が高く、くすんだ色の店内。客はまばらでNEC製のテレビは幾分大きめの音を立てている。カウンターの奥には巨大なたこ焼き機がむっすりとたたずんでいる。このたこ焼き機は楕円形のくぼみを6つ程度備えた鉄板が縦に8枚並んだもので、それぞれの鉄板がキホー、キホーと寂しげな音を立てながらゆりかごのように前後に揺れる。その中を丸いたこ焼きがころころと転がるのである。

駆けつけ一杯を飲みながらなんとも雰囲気のいい店だ、と思う。

とはいっても、そんなことは単なる付加価値である。この店の特徴はなんと言っても「閉店セール」である。

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ビールが180円と破格に安いこの閉店セール。実のところ現在半年以上続いている。

写真をよく見ていただくと「11月も!」のところは張り紙で、その下を1枚めくるごとに、「10月も!」「9月も!」「8月」「7月」「6月」「5月」「4月」と書いてある色とりどりの張り紙が現れてくる。

実際のところ、この半年行き続けていつ行ってもビール180円である。

「いつ閉店するんですか?」と店員に聞いてみたところ、店員ははにかみながら「いやー。わかんないっす」と答えた。

それを聞いた私は2杯目のビールを飲みながらなんとも雰囲気のいい店だ、と思う。


悪徳お代官プレイ

コキール男爵 トリビュートサイト "コキール読もうぜ" [私のコキール男爵2]



最近ビールが飲めない。濃くて味が強くて腹にたまるしそんなに酔わない。とはいっても酒が嫌いになったわけではなく、とにかくひたすら酒は飲んでいる。では何を飲んでいるかというと、チューハイである。

チューハイ。焼酎ハイボールの略称である。ありていに言えば焼酎を炭酸で割った、ただそれだけのものだ。あっさりしていて翌日に残らない。自由に酒の濃さも決められるし、くせがなくて何よりすぐに酔っ払える。

とはいっても毎日飲んでいると、どうも最近その味に物足りなさを感じてくる。そんなときに悪徳お代官プレイである。(上記リンク参照)

焼酎といえば大五郎である。それに炭酸水の最高峰であるフランスのペリエを合わせる。そこにレモンを搾れば最高だ。

所は焼津、日本の無骨な海のお代官四万十川。かたやフランスからきた深層の令嬢ペリエ。四万十川はいつものごとく大量の鮪を漁船に乗せ帰って来た。そこに視察に来ていたペリエ。まぐろをかついだ四万十川とペリエは巨大冷蔵庫の前で邂逅する。一目で恋に落ちる。

四万十川はペリエのスカートをたくし上げながら低い声で言う。

「俺とお前と大五郎。」

突如冷蔵庫がバーンと開き、白い冷気とともに大五郎が現れる。髭面の巨大な男。サスペンダーをパチンパチンと前にはじきながら近寄る。大五郎は片手に持ったレモンをペリエの目の前にぐいっと差し出すと拳に力を入れる。ぐじりと音を立ててレモンはつぶれた。ジュワッ!強烈な柑橘の香りがほとばしる。

恐怖におののくペリエに対して四万十川は言う。

「よいではないか、よいではないか。」

四万十川が肩にかついだ鮪は硬直し微動だにしない。死んだ目だけがじっとりとペリエを見つめていたのだった・・・


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ああ、なんとチューハイとマグロぶつの組み合わせはうまいのだろうか。

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ところで、チューハイの元となる甲類焼酎ですが、あれは「高純度のアルコールを水で薄めたもの」です。ただのアルコールをありがたがって飲む姿。これがまあ、素敵な人間への第一歩なのでしょうな。