さ、週一ペース。

すごく昔に作ったフォルダを見ていたらこんな写真が出てきた。

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養老院を回るTOSHIの図ですが、何度見てもこのTOSHIがどういうポーズをしているのかが分からない。分からないんですよ。

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更新せず何をしているかというと、1週間くらい風邪をひいていました。
38度以上の熱が続き、大変つらかったです。この土日でかなり快方に向かいましたが、まだ咳が憎たらしいほど出てきますので、咳止めシロップを一気飲みなどして過ごしております。

でもまあ、分かってはいるんだけど今日は飲まざるを得ない。そんな出来事は不意にふってわいてきて、こんなに沈むんだったら好きじゃなきゃよかったとか、レイプじじいとか、罵声を浴びせたい気持ちになるんだけど、ひたすらに思い出すのはこの映像だ。


タケちゃんマンのころのMJとその様式美が完成してきた頃のプリンスとJBの競演。当然のようなプリンスのかっこよさが身にしみるが、最後のプリンスのジャケットを持っていくJBの笑顔を見たら何もかも救われる。


俺の塩狩峠

これまでロクに本を読んでこなかったのだけど、最近本の魅力に取り付かれている。電車の時間を利用し、2日に1冊程度のペースで読む本は実に楽しい。携帯電話でこのページを見るのもよいけど(宣伝です)、満員電車のぎゅうぎゅうの中、試行錯誤しながら次のページをめくるその行為自体も、自らに難行を課しているようで、悪くない。

こういうペースで本を読んでいると、自分の興味の赴くところだけでは読むものが尽きてきてしまう。実際、同一の作家の本ばかりが集まって視野が広がらないことこの上ない。

そういうわけで、

「最近面白い本を探しているけど、何かいいものはありますか?」

とみんなに聞いてみた。

すると、1つ、「塩狩峠」はいかがでしょう?というご意見があった。さっそくどのような本なのか調べてみようと、amazonにアクセス。すると下記のようなあらすじがあった。

「結納のため札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車が、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れ、暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた…。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らの命を犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、人間存在の意味を問う長編小説。 」


一体この「札幌に行ったら列車が暴走した」というあらすじでどうやったら長編小説になるのか。大変興味を持ったので、さっそく読む前に「俺の塩狩峠」を書いてみることにしました。

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阿鼻叫喚の車内を背後に抱え、信夫は前方を見据えてハンドブレーキに手をかけた。

このハンドブレーキには1.機械の動作や移動をとめるための手動式の制動機構。または、その機構で止める行為 2.鉄道車両に備わるブレーキのひとつ 3.自動車のブレーキ機構のひとつ、などの意味があるが、信夫が乗っているのは電車であるため、手をかけたのは当然ながらこのうち2の意味のハンドブレーキである。

無骨な金属で出来たそのブレーキは、これから訪れる惨事の重みを受け止めているかのように、強く激しい抵抗をする。信夫はブレーキにより強い力をかけるため、両手で握り手をつかんで全体重をかけそのブレーキを引いた。すると、ギィという重々しい音をたて、ようやく1cmほど手前に動いた。しかしその1cmという明らかに頼りない距離は事態を何も変えず、列車の速度はついに時速100kmを超えた。

ハンドブレーキ、別名直通ブレーキは単行運転用の「直通空気ブレーキ(SM)」と「連結運転用の非常弁付き直通空気ブレーキ(SME)」の2種に分かれる。

「直通空気ブレーキ」は供給溜め(Supply Reservoir:SR)と呼ばれる加圧された空気タンクから、運転台まで導かれた空気溜め管と呼ばれる空気管を通して空気圧を供給し、通常これを締め切っている制動弁を操作して開閉することで、直通管(Straight Air Pipe:SAP(※1))と呼ばれるブレーキシリンダー直結の空気管に加圧し、これにより所要の制動力を得る、非常に単純なブレーキシステムである。

「連結運転用の非常弁付き直通空気ブレーキ」は直通空気ブレーキで問題となった、列車分離事故発生時等の対策として、非常用の自動空気ブレーキとこのために必要な非常管(Emergency Pipe:EP)を併設している。

この列車の走る宗谷本線は非常管を備えた「連結運転用の非常弁付き直通空気ブレーキ」を採用していた。しかし「連結運転用の非常弁付き直通空気ブレーキ」は4両編成以上では後部車の動作について、極端なタイムラグや効きの悪さから実用にならない、という欠点があった。実際のところ4両編成を主としている宗谷本線は爆弾を抱えながらの運行であったといわざるを得ない。

信夫は操作盤の上に乗り、握り手を抱えてのけぞりながらさらに体重をかける。

今度はクククッと音をたて、3mm動いた。


やばいやばい

更新頻度低いですね。毎日更新していた頃が懐かしい。
とはいっても書きたいことも特にないんですが、自分の中のWebサイト像と乖離していっております。

それはそうと、今号の週刊ポストはいいですね。

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「金正日に寵愛された大女優が決死の脱北ヌード」

いいですねえ。こういう見出しを作れる人間になりたいし、俺も脱北ヌードしたい。

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「俺!脱北ヌードする!」

「たかし!何言ってるの!」

パシッ。母の平手が飛んだ。それは、母が息子に対してあげた初めての手だった。

たかしはぢくりと痛む頬をさすりながら、これまでにないほどに厳しい顔をした母を睨みつけた。母は息子をぶったその手に残る確かな感触をぐっと握り込むことによって隠そうとする。お互いに震える体、そして気の遠くなるほどの長い時間が過ぎる。外に見えるクラーク像がその伸ばした指を雪にまみれさせる。

やがて居間の時計が夜の11時を告げる音を立てた。
母はそれまでの強張った表情をふっと緩め、そして搾り出すような弱い声でこう言った。

「せめて・・・、せめて、脱北初セクシーくらいにしなさい!」

「母さん・・・」

その数ヵ月後、週刊プレイボーイの巻頭に、上京したたかしの中途半端なミニスカート姿が載ることになる。


東京メトロ千代田線北千住駅より

電車の中で結構携帯電話をいじる人は多いだろう。私もそのクチで、ニュースを見たり、このように小欄を更新している。

でも、車内で携帯電話を使っていると、たまに後ろから携帯電話を覗き込まれているような視線を感じることがある。

ふと目を上げてみると、大抵は勘違いだ。しかし稀に電車の窓に私の携帯を覗きこんでいるおじさんが写りこんでいることがある。ギャア、恐怖の瞬間。

そういうときは、平静を装い、すぐさま自然な動作で携帯電話のカメラを起動し、スッと窓に向ける。他人の携帯電話を覗き込む自分の顔がその覗き込んだ携帯電話に出てくる恐怖。ギャア!怖い!

おじさまはすぐさま目を離してしまいますのでご活用ください。ただ、むやみにやると車内撮影フェチと思われますのでお気をつけ下さい。

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新聞を読んでいる方も覗き込みを気にすることがあるでしょう。その場合もこれを応用して、紙面を全面鏡にしちゃえばいいんじゃないかな?覗き込み防止は元より、朝は気付かなかった自分の突出鼻毛も発見できるかもしれませんよ。


四万十川




折り合い折り合わせ

もつ鍋を作った。

味付けしたモツにキャベツとニラとニンニクを文字通り山のように入れ、塩、醤油、唐辛子、その他調味料でアグレッシブな味付けに仕上げる。うまい。実にうまい。

煮込むことによって出てくる鼻をつくモツのにおいもニンニクとニラの臭気と渾然一体となり、スタミナ感をスピードアップさせる。いいぞ!その調子だ!

気付けば買ってきたモツとキャベツ一玉とニラは全てなくなっていた。ここ数ヶ月感じていなかった満足感と口臭を抱え、横になってふと思った。

俺はモツに対してちゃんと折り合いがついているんだろうか。

うんこの通り道(というか製造元)の臓器を食べるという事実を「でも、うまいから」で蓋してないか。ていうかうんこ食ってないか。俺。このモツの脂のとこ、妙に茶色いよな。ほかのと比べても茶色いよな。変色って言えばガンかな?それはそれでまずいよな。やっぱうんこかな。どっちがマシかな?人間の尊厳守れるかな?

以前、とある香港映画で、屋台のモツ入り中華麺を食べた男が店主に向けてこんな罵倒を繰り広げていた。

「汁には味がない、麺は伸び伸び、おまけにモツには洗いきれてないウンコがついてら!」

あー、やっぱウンコついてるよなー。洗っても残ることあるよなー。食ってるよな。俺。モツ煮は味噌が主流なのもそういうことか?
モツ鍋を食べるOLとかどう折り合わせてんだ。

「あら、プチ・ブラウニーがついてるわー」
とかファンシーな名前をうんこにつけて、回避してんのか。いいのかそれで。それとも、「うんこはまあいいから自分探ししなきゃね」とかそんな感じか。間違ってないか。


とりあえず脂が茶色いモツをトイレに流した。弱い人間だ、俺は。頭を抱えた。




人んち

高校2年生だったか、学校の帰りに同級生の友人の家に初めて行った。

彼の家は広島市内から程近い牛田山というところにあり、ひどい急斜面の途中に白くて楚々としたたたずまいの家が上品ながらも窮屈げに立っていた。

家の中はまだ新築の香りがし、とても清清しかった。何の話をしていたか忘れたが(確かガロの漫画の話をして、蔵書を自慢されていたような覚えがある)居心地の良さにボーっとしていて、気付いたらもう7時。帰宅しなくてはいけない時間になった。

すると、友人の母が部屋に来て言った。

「夕飯食べていったらいいじゃない」

当時の私は姉との二人暮らしで、ちゃんとした家の食事というものに飢えていたから「ハイ」と即答。

「じゃあ、ここに持ってくるから待っててねー」

気さくにそう言い部屋を出て行く友人の母の背中は大変頼もしく、いやがおうにも「家の夕食」への期待が高まる。その後の話は気もそぞろ。羅列される漫画家の名前は左の耳から右の耳へ。わざとらしく「腹減ったなー」とアピールをしていたら思いのほか早く黒塗りのお盆に乗せて夕食が運ばれてきた。そうか、もう用意してあったんだな。母、すげー。

机に白く輝くごはん、具沢山の味噌汁が置かれる。うまそう!期待に輝く私の目。さあ、メインディッシュは何だ。

トン。最後に置かれたのは大きめの皿。左半分にキャベツが大きく盛ってあり、その隣には沢蟹の唐揚げが2つ。

「ゆっくり食べてねー」

パタンと音をたてて扉が閉まる。友人は「まあ食ってよ」と言いながらさっそく沢蟹をパクリ。バリバリという音が部屋に響く。私はどうしていいのか分からずとりあえずキャベツをわしわしと口に運んだ。

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私がいなければ友人の沢蟹は4つだったのだろうか。ほんのりと心と沢蟹の足が刺さった内頬を痛ませながら帰りの急な坂を一気に駆け下りた。