December 22, 2004

■ お化け茶屋

川柳では「幽霊の 正体見たり 見なかったり」なんてことを申しまして、どんな人でも多少の差こそあれ、お化け、幽霊、物の怪、婆さんの類は怖いものでございます。先日もうちの餓鬼が「お父ちゃん、おいらはお化けなんか怖くないよ」なんて抜かしやがるもんですから、夜中墓から死体を三四つ掘り起こして、枕元に並べて置いておいたら、翌朝腰抜かしちまいまして、それ以来何も喋れなくなっちまいました。何事もほどほどにって教訓を餓鬼のトラウマと引き替えに学んだわけでございます。

「おいおい、そりゃ穏やかじゃないね。もう一度言ってごらん」
「もう一度でも三度でも言ってやらあ。一回しか言わないからようく聞いとけよ」
「どっちなんだい」
「うるせえな、言葉の蚊帳ってもんだ」
「それを言うなら言葉のあややだろう。そんなことより、お化けがどうしたって?」
「そうそう、出るんだよ。お化けが」
「お化けって、あのひゅうどろどろってお化けかい?」
「他にどんなお化けが出るってんだ。こん畜生のごうつく爺いめ」
「ごうつく爺いは余計だよ。お前さんは口が悪くていけないね」
「とにかく、出るものは出るんだよ。しかも、前総理の森喜朗のお化けだってんだから驚きだ」
「馬鹿言っちゃいけないよ。前総理はまだ生きてるだろう」
「そんなこと言ったって、あれはどうみても前総理のお化けに間違いないんだから仕方ないだろうよ、この豆粒が」
「背のことを言ったら家賃を倍にするってのを忘れた訳じゃないだろうね」
「いや、大豆のように栄養があって、えーと」
「それは良いから、さっきのお化けの話を聞かせなさいよ。前総理のお化けはどこに出るんだい?やっぱりあれだろ、乾物屋の裏の土手に生えてる柳のあたりかい?」
「そうは問屋のおかみさんは降ろさない。乾物屋の3軒となりの漫画喫茶の二階の隅っこに出るっていうから一粒で二度びっくりだ」
「これまた、ずいぶんとお化けらしからぬ場所に出るもんだね。それは本当にお化けなのかい?ただのオタクが前総理に見えたんじゃないのかい?」
「これまた随分とご挨拶だね、助平爺い。おらっちは腐ってもパイロットだよ。視力は餓鬼のころからずっと2.5でさあ。前総理とただのオタクを見間違えるわけねえだろってんだ」
「確かにお前さんは操縦は下手くそなくせに目だけは良いって評判だよ。でもね、いくら目が良くても、いや目が良いからこそ見間違えるってこともあるってことを忘れちゃいけないよ」
「そんなに言うんなら、爺さんも見に行ったらどうなんだい」
「あたしがかい?なんだか漫画喫茶ってとこはぞっとしないねえ」
「そんなこと言って、お化けが怖いんじゃないのかい?」
「お化けなんざ怖かありませんよ。仕方がない行きましょうか」

そんなこんなで、機長と大家は漫画喫茶ってえ場所に向かった訳でございます。あいにくあたしは行ったこと無いんですけどね、漫画喫茶と言うのは、漫画ばっかり親の仇のようにあって、インターネットも置いてあって、バニーガールがわんさといる場所のようでございます。

どんどんどん。
「頼もう!頼もう!」
「お客さんお客さん静かにして下さいな。そんな大声出さなくてもご案内しますから」
「いやなに、この爺さんがお宅に現れるお化けを退治してくれるってんで、今日は連れてきたって訳だ。ありがたいだろ?畜生め」
「おいおい、あたしゃそんなこと言ってないよ」
「しっ、ロハで入れるとこだったのに」

なんてせこいやりとりがありまして、二人は前総理のお化けがいるという二階へとんとんとんと登って行くと、隅の席で一心不乱にコボちゃんを読み耽る老人の横顔が見えたのでございました。

「ほらほら、居るじゃねえか。あれが森喜朗の幽霊じゃなくて何だってんだ?」
「あららら。確かにそっくりだよ。疑ったりして悪かったね、来月から家賃は倍の半分にしとくよ」
「そいつはありがてえや」
「ところで、念のため確かめたいんだけど、そっくりさんて事はないかね?」
「でも、あのお化け、森喜朗の住民票も持ってましたぜ」
「住民票って、そりゃ本物の前総理じゃないのかい?」
「馬鹿言っちゃいけないよ。どこの世界に漫画喫茶に居座る前総理が居るってんだ」
「でも住民票を持ってんだしねえ」
「それに、下半身がなくて、顔の向こう側が血まみれで蛆わいてる前総理なんて聞いたことがねえや」
「それを先に言いなさいよ」

そんな呑気なことをだらだらと喋っていると、前総理のお化けもさすがにこちらに気付いたようで、コボちゃん十四巻を放り投げて立ち上がり、だらだらと血だか肉だかわからないものを垂らしながら、二人の方を振り向き身の毛もよだつような恐ろしい声でこう叫んだのでございます。

「今度はお茶が怖い」

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