特殊中華料理店「味芳斎」のおじさんについて、いくつかの思い出話

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私が中華料理のうまさに開眼したのは、東京は大門にある「味芳斎」というお店のせいだ。会社が近くにあった頃は薄汚くて狭い本店に週1くらいで通っていたものだ。

この店は日本で最初にできた薬膳中華料理(いまは薬膳の看板を返上)の店で、店内は虎のペニスとかタツノオトシゴとか、不感症にきくよく分からないなにかの物体とか、女性のヌードカレンダーとかが飾られ、強烈な味わいでバカみたいにうまい「重慶牛肉飯(通称牛丼)」をはじめとするちょっと独特の四川料理で有名。その料理もさることながら、私自身は店主のおじさんに会いに行っていた面がかなりある。中国湖南省ご出身で、丸い顔に、カタコトの日本語。厨房に対する厳しい指示とヌードポスターが好きな、大変魅力的な、80歳はゆうに超えたおじさんだ。

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これが牛肉飯。あいにく手元に支店の写真しかなかった。

数年前に自分の会社が変わってしまってからこの店にあまり通えなくなったのだが、どうもそのころから店主のおじさんの姿が見えなくなっていた。かなりご高齢だったのでイヤな予感はしたけど、あまり考えないフリをして四半期に一度くらいのペースで牛肉飯をかっこむ、というのを続けてきた。しかし、つい最近、ひょんなことからおじさんが1年以上前に亡くなってしまったという情報を手に入れてしまった。

定かな情報ではないんだが、確かに全くおじさんに会うことはなくなった。途方にくれるような喪失感だし、ネットはいらん情報を自分に無理やりねじ込んでくるし、それをこうして展開するのもどういうもんだかという気持ちもある。でもなんというか、残念だ。その思いは吐き出したい。

おそらくこの店に通っていたそれぞれの方が味芳斎おじさんとの思い出を持っているのだろうが、私も歴史は浅いながら思い出深いいくつかのエピソードがある。吐き出して自分の思いをせいせいさせたい。脚色なしの実話であることは当方が保証いたします。(会話については記憶にもとづいて多分に創作です)

エピソード1 礼儀について

この店に通い始めた初期、友人の誕生会で本店を6人で予約。本店は4人テーブルが4つくらいと、かなり狭いんだけど、おじさんも「イイヨー」って言ってたのでお言葉に甘えた。しかし、約束の時間になっても私以外の参加者が全く集まらず、おじさん超激怒。

「ニホンジンハ教育タカイケド、レイギガナッテナイヨ!」

「ニホンジン戦争デ負ケタクセニゴウマンダカラオモイシルガイイヨ!」

と他の友人が来るまで一対一でしかられ続けた。30分以上遅れて友人が来て、それでも料理を頼んで食べたりしていたのだが、おじさんは牛肉飯を持ってきては「レイギガナッテナイヨ!」、紅焼茄子を持ってきては「レイギガナッテナイヨ!」と罵倒。

「皿を持ってきてはレイギガナッテナイヨと叫ぶマシーン」と化したおじさんにちょっとこれはマズい・・・となって早めに出たのだが、出るときも「レイギガナッテナイカラ、モウクルナ!アリガトウ!」と追い出された。聞き間違いかもしれないけど、最後アリガトウって言ってた。

で、まあそうは言ってもこりゃあ、ほとぼりが冷めるまで行けないな、と思って、1ヶ月の冷却期間をおいて再度訪問したら、「アー、イラッシャイ」と迎えてくれた。その時私は「ああ、ほとぼりってのは冷めるもんなんだな」としみじみ思った。

エピソード2 傘

ある雨の夜、味芳斎に到着して傘を畳もうとしたところ、傘が壊れており指を怪我してしまった。
外では暗くて怪我の様子も見えないし、飯は食いたいし、ということでとりあえず店に入ってみると、思ったより傷が深くダラダラと血が出ている。

仕方なくティッシュで血を止めていたら「ドウシタ」とおじさん登場。「いや傘が壊れてて指切っちゃって」と言うと、「イイ薬ガアルヨ」と店の奥に。何を持ってくるんだろう……店内に飾られた虎のペニスとか謎の物体の酒漬けが恐怖をかきたてる。
戻ってきたおじさんは小さな薬の容器を持ってきた。

「ユビダシテ」

観念して指を出したら、その容器からごっそりと白い軟膏みたいなのをすくい出して、猛烈な量を私の指に塗りたくった。80男の指と30男の指が強烈に絡み合う。うわああああ、とのけぞっていたら

「コレハニホンジントカ絶対知ラナイ。料理人ガ大怪我シタトキ二ツカウ特別ナ薬ダカラスグニ血トマルヨ」

と自信満々なおじさん。軟膏を塗り終わった指はすっかり血が止まっていた。びっくりだ!ありがとう!おじさん!でも、軟膏がヌルヌルで箸が持てない!

エピソード3 ヘア

昔の味芳斎本店は店内見渡す限りヌードカレンダーとかヌードポスター(しかもヘアあり)が貼られていた。当時は全然気にしていなかったが、今思うと本当に異様な店内だ。一回職場の上司を連れて行ったことがあるが、ヘアービューの席に座って絶句していた。

そんなこの店の大きな特徴であるポスターであるが、ある日そのほとんどが一掃された。壁が白い。肌色じゃない。なんだこれ。おじさんに理由を聞いても「フッ」と笑うだけである。
しかし唯一、店を入ってすぐ右にある蒼井そらの特大ポスターだけは残り続けた。おそらくおじさんは蒼井そらになみなみならぬ情熱を持っていたのだと思う。直接は聞けていないが、たぶんそうだ。ビリビリになってもずっと貼り続けていたのだもの。

なお、どうでもいい話だが、そのポスターの前の席に座ると、蒼井そらのヘアがちょうど自分の頭あたりに来るような状態になり、ものすごく毛深い美女みたいになるのが楽しかった。ように記憶している。

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この店は、筒井康隆の薬菜飯店を思い出す。

 

エピソード4 死

 

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裏名物のピーマンレバー

その最後の牙城、蒼井そらポスターもなくなった頃。店内のヌードポスターは全くなくなり、代わりに入れ墨をした男が尻を丸出しにしたカレンダーがそこかしこに貼られるようになった。同時に、店に行ってもあまりおじさんに会うことがなくなってしまった。

そんなある日、友人と来て牛肉飯をむさぼっていたら、向かいに50過ぎた紳士が座った(店は狭いので相席が当然である)。で、私は友人と「そういえばポスターなくなったよね。」「ていうか最近おじさん見ないよね・・・」なんて話をしていたら向かいの紳士が唐突に話しかけてきた。

紳士「やっぱりそう思いますよね!最近おじさん全然見ない!」
私 「そうなんですよ。まさか・・・おじさん・・・」
紳士「ひええ!いや、僕、こうなったら店員さんに勇気を出して聞いてきますよ!」

紳士は急いで定食のピーマンレバーを食べ終えてレジ前に立つ店員に会計がてら聞いた。

「あの・・・おじさんって亡くなったんでしょうか?」

おいおい、どストレートに聞くなよ!と思ったら奥の厨房から聞き覚えのある声が。

「カッテニヒトヲコロスナ!」

おじさんは単に厨房で休んでいただけのようだ。すごい剣幕で出てきた。

「イキテルゾ!」

そのあとはおじさんなんて言っているか分からなかった。とにかく怒っていた。なんか、包丁持っていないけど、包丁をふりかざすようなそぶりをしている。紳士は「ひえー!死んでないじゃないすかー!」と頭を抱えて逃げて行った。私は牛肉飯を食べながら「ああ、自分で聞かなくてよかったな」と思った。

以上、ささやかながら4つのエピソードを自分のためにまとめさせていただきました。
今は本店はとてもさっぱりしているけど、相変わらず牛肉飯はおいしいし、雑然とした空気は残っています。これからもいちいち通っていきたいと思っています。ごちそうになりにいきます。


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