「ボクはね。」
渋谷駅のほど近くに古くからある立ち飲み屋で隣になった男性は、焼酎と氷の入ったグラスにぬるいホッピーを注ぎながら私に言った。
「今の仕事しっかりやれてると思うんスよ。」
彼は空になったホッピー瓶をグラスの上で逆さにしてピッピッとしずくを払いながら続けた。
「まあ、そんな大したことじゃないんスけどね」
10分くらい前から1人でこの店に来た私は、これまた1人で出来上がった彼の恰好の話し相手にされていた。
「でも一つだけ自信を持って言えることがあるんス」
私はチューハイをごくりとしながら横目で続けて、と促す。
「決して驕らないってことッス。これは絶対曲げてないス。就職してから自分に言い聞かせててここまで来れたんス。マジこれはみんなに言いたい。」
うん。
「俺は就職して、いろんな奴見てて分かったんス。人の言うことを聞かない、驕ったやつから落ちていく。マジ、人、謙虚にならないとダメッス。俺なんか鬼のように謙虚っす。」
鬼。
「それがみんな分かってなくて。何回俺が謙虚になれっ、先輩の言うことを聞けっつってもみんな分かんないんス。それで結局人間関係ダメにしてるんス。ほんとなんでこんな単純なことが分かんねえのか俺には分からないス!」
うん。タバコを一服。
「俺は学歴とか気にしなくて。俺のファンデーションは高校にあって。そこなんだと思うんス。学歴とかそういうの気にするからダメになるんス。俺は分かってるんス」
うん。ファンデーション。
その後、ファンデーション話にしばらく付き合って、私は二杯目のチューハイを飲み終えたところで退散することに。そのそぶりを見たところで彼は慌てて私に言った。
「いやーすんません!話に付き合ってもらって。楽しかったです。でも兄さん、全然飲んでないッスね!(笑)おれ、出します」
「うわー、いいですよ。…おごらないで。そういうのよくないんで!」
「いやいやいやいや、兄さん、それじゃあ俺の気が済まないんで!たのんます!俺のプライドが許さないんス!」
結局、徹頭徹尾おごられっぱなしで私は店を後にした。
「謙虚さ自慢」がナチュラルに抱える恐るべき自己矛盾の罠に陥った男の話である。