ファミコンは、知らないおばさんに手渡された

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ファミコンを初めて手に入れたのは小学校2年生のときだったように思う。夏だった。

知らないおばさんが家に来た。手にはファミコン本体の箱を持っていた。あの灰色のにファミコンがどーんとなってるやつ。何かに包むとか、袋に入れるとかはなく、むき出しで持ってきていた。

私は玄関先でおばさんと二人で立ち話をして、ついにファミコンが自分のものになることに胸を高鳴らせていた。このことから、おそらく事前に私はファミコンが何をするものであるかということは理解していたようだし、「今日自分がファミコンを手に入れることができる」ということを知っていたのだと思う。

おばさんは私にその大きい箱を手渡して、「よかったね」と言って頭をなでた。ずっしりと重かったが、両手でおなかのところに抱えた。

そのすぐあとに私の母がやってきて、おばさんとなにやら「どうもどうも」と挨拶をしている。知り合いとかではなさそうだ。母とひととおりの挨拶を終えたところで、おばさんは私に

「ファミコンはカセットがないと動かないよ」

と言った。そんなことを全く知らなかったのでびっくりしている私を残して、おばさんはかばんの中から4つのソフトを取り出し、それらをトランプのババ抜きのように器用にダッと広げ

「どれがいい?」

と私に見せた。ここは映像として鮮明な記憶がある。左からテニス、ディグダグ、スーパーマリオブラザーズ、プーヤンだった。私は数秒ほど悩んでテニス、ディグダグを選択肢から外した。テニスは古そうだったし、ディグダグは何をするのか箱からはよく分からなかった。

プーヤンとスーパーマリオブラザーズは悩んだ。プーヤンは、豚が何かいい感じがした。「これはどんなゲーム?」とおばさんに聞いたが「豚が弓矢で打つらしいよ」としか教えてくれなかった。

スーパーマリオブラザーズのほうに目を向けると、キノコとカメの絵が何かもっとざわざわと賑やかな感じがした。そういうわけで、スーパーマリオブラザーズを選択したのだった。

母は家の軒先でスーパーマリオブラザーズのお金を払って、晴れて我が家にファミコンがやってきたわけである。

わけである。と簡単にまとめそうになったが、今考えてみると、あのおばさんが何だったのか、全く分からない。

普通は、親がプレゼントしてくれた大きい箱の包装紙を(中身は分かってるくせに)期待に胸を膨らませてバリバリ剥いて中身に「うわー!」と歓声を上げる、とか、おもちゃ屋に一緒に行って「ファミコンください!」と店の人に言うとか、そういうものだと思う。

当時はファミコンを行商するおばさんというのがいたのだろうか。とはいえ、もし行商するおばさんがいたとして、町のおもちゃ屋には普通にファミコンやいろいろなソフトを売っていたし、わざわざ行商を使う必要は無かっただろう。なんなんだ。あの4本のゲームの選定基準も気になる。

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ファミコンを買った後、学校の友達の家に行ったらプーヤンがあった。いい機会ということでプーヤンをやらせてもらった。友達は「弓を打つタイミングが難しいんじゃけえ」と言った。操作をしながらあのおばさんの手にあったプーヤンを選んでいた場合の自分を想像した。

マリオを選んでよかったな、と思った。


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