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我が家は兼業農家なんですけども。

先日父から電話がかかってきた。

「オウ、元気にしょーるか。」

「まあ、なんとか働いとります」

「たまには帰ってこいや」

「そうですねえ。年末には帰りますよ」

「いいもん買うたけえ」


またか。

父のいいものというのは全くいいものではない。私が子供の頃。ドラゴンクエストⅢのオーケストラのCDが欲しい欲しいとねだった私をよそに、突如巨大な刃物砥ぎ機を買ったときは本当に落胆した。

スイッチを入れると円形の巨大な砥ぎ石がゴウンゴウンと音を立てて回る。砥ぎ石の表面に刃物を当てると、こちらが動かさずとも自動的に刃物が鋭利になる、という代物である。

その威力はすさまじく、細い果物ナイフとかを砥ごうものなら、あまりの砥ぎ力の強さで、見る間に刃がなくなってナイフをただの鉄塊と化してしまうのである。(実際の用途はクワやカマを砥ぐものだったらしい)

私は家の裏でゴウンゴウンと鳴る機械音を聞きながら、聞けなかったドラゴンクエスト交響曲を想像する。しかし、稚拙な私の想像力が作った音は全て機械音にかき消された。

そんな父のよく分からない機械愛はここ数年ぶり返しているようだ。昨年はヤンマーのユンボという小型ショベルカーを購入し、休日を徹して見事な田んぼの土手を作り上げている。

今年に入ると、力強いたたずまいのカート型の草刈機を購入した。カートを運転するだけで背後にはぺんぺん草も生えないという優れものである。このカート式草刈機のおかげで我が家の減反された田んぼは非常に綺麗になった。いや、綺麗になったからって減反されているのだが。

そんな父の「いいもの買うたけえ」。さあ、なんだ。何でも来い。


「いいものってなんですか」

「あれよ。特注よ。」

「特注?」

「普通売っとらん」


だめだ。どう考えてもロクな物ではない。普通売ってないのだったらそれだけ需要がないのだ。役に立つものは売れる、役に立たないものは売られない。それは世の常なのだ。


「もったいぶらずに言ってくださいよ」

「自走式薪割り機」

「は?」

「自走式薪割り機」

「なんですかそれは」

「まあ、動く薪割り機よ。」

父の欲望が今まで以上に分からなくなった私は、とりあえずその電話を早々に切る。しかし、電話を切った後も不可解な感情がうずくのが分かる。自走式薪割り機。何だそれは。

薪割り機だけなら、なんとなく想像がつく。木を差し込むとパカンと斧みたいなのが降りて薪を割るのだろう。しかし、それが自分で走る。どんなのだ。

目を瞑り想像する。大きなオノを背中に背負った小さな車がいじましく、しかし力強く動く様を想像する。

ブウーン、パッカン。

ブウーン、パッカン。

想像しているうちに思わず、「ブウーン、パッカン」と口ずさんでいた。待て、俺。今、すごく乗りたいと思っているだろう。俺。