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200円


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チューハイ200円。つまみも、おでんやマグロぶつなどかなりの数が200円。南千住にあるとある居酒屋は、どうしようもない飲酒家にとって頻繁に訪れざるを得ない店だ。

今日も今日とて、3品入ったおでんをつまみに炭酸のきついチューハイグイグイ飲む。既に2杯目、でも今のところ勘定が600円。おでんは大根とはんぺんを半分くらい食べたが、ゴボ天はまだ丸のまま残っている。なかなかいいペース。このつまみであと2杯は飲める。

などと勘定したところで、70近いと思われる爺さんがひとり入ってくる。コの字になったカウンターの奥にしずしずと座り、メニューを求めて所在なさげに店内を見回す。

やがて爺さん、頼むものを決めた様子で注文しようと手を上げる。が、おばさん(お姉さん)は全く気づかない。うんうん。この店は注文するにもちょっとした努力が必要。その態度が店としてどうなのか?という問題はともかく、このやりとりを見ながら飲むのもまた一興。

私は3杯目のチューハイをつつがなく注文。心の中で800円、とごちつつ、爺さんがまだ注文出来ていない様子なので、注文しついでにおばさん(お姉さん)に「あっちあっち」と指で示す。おばさん(もういい)、分かっているという感じでようやく爺さん前に行き、チューハイの注文を受ける。

そこで客4人来店。奥のテーブルに通される。おばさん、4人の飲み物を聞きに行くと同時に店内から、「柳川!」とか「目玉焼き!」とか注文が相次ぐ。

おばさんおおわらわ。厨房への料理コールも慌しく見事な手管で4本の炭酸の栓を開ける。ああ、これは爺さんのチューハイが来ないコースだな、なんて思いながら3杯目のチューハイを半分くらいまで流しこむ。予想通り、爺さんのところには酒が行くことなく、テーブル席に酒が置かれる。爺さんの顔も徐々に険しくなってくる。

いよいよこれはまずいコースだ、と思った途端。おばさん、爺さんの前に行き「あんた、早く注文しろよ!」と一喝。コの字カウンターに座る我々、爺さんはさっきちゃんと注文したし・・・と思いながら、固唾を飲んで出方を伺う。

すると爺さん、「さっき注文しただろ!お前聞いてないのか!」と綺麗な関東弁でついに激怒。おばさん「あんたのモゴモゴしてる口じゃわかんねえんだよ!」と吐き捨てて作業台に戻り、ダーン!って音を立ててグラスに焼酎を入れて、ダーン!って音を立てて炭酸の栓を抜き、その2つをダーン!って音を立てて爺さんの目の前に出して颯爽と厨房に去っていった。

爺さんワナワナと震える。どうするか悩んでる。迷いつつ炭酸の瓶を手に持つ。グラスの上で180度に反転させ、激しく炭酸をグラスに注ぐ。でも途中でやめる。
席を立つ。財布を出した。ゴソゴソして木のカウンターにバーン!と大きな音を立てて手を置くと、「バカヤロウ!最悪の店だ!」と叫んで店に入ってきた時の倍の速度で出て行った。

見ると、彼の席に200円置いてあった。

私はその後、その200円を回収するおばさんに4杯目のチューハイをつつがなく注文した。まだおでん皿にはゴボ天が1つ残っているから安心だ。