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バイキング協奏曲

「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」

このランチバイキングの店はいい。1回900円(回数券を買えば1食800円になる)の割に10種類以上の豪華な日替わりメニューが並び、もちろんドリンクも飲み放題。デザートまである。当然いつも大盛況である。

「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」

え、サラダはまあ、そこまで取らず、普通の料理で野菜を採るのが好きだな。そう、これ。この青菜炒めみたいなやつ。これをたんまり取る。シャキシャキした食感より、やっぱりもぐもぐ食べるほうがいいよね。

あれー、チキンカツ。いっぱい残ってるかと思ったら、みんな衣を剥ぎ取って肉だけ持ってってるし。何、このエゴの集合体。いや、まあカロリーを気にしているのは分かるんだけどねえ。だったらバイキング来るなよ。ていうか、あれだよね。自分で取るっていうこのバイキングって、普通の店でメニューを見て注文するよりも、ものすごく人の欲望の力とかを感じるよね。冷静な顔をして肉をより分けている人とか見るとすごく強い欲望に気圧されるよね。

「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」

あ、んー、お、今日の目玉メニューはなるほど、豚シャブか。やっぱりタレはゴマだれがいいね。何?ポン酢のほうがいい?じゃあ、どっちも混ぜろ。いや、それにしても、この鍋の具を皿に乗せて提供する形態ってどうよ。いや、味はそんなに変わらないといえば変わらないんだけどねえ。なんだか。

ああ、そう?ごはんをよそいすぎるとせっかくのバイキングなのにすぐおなかいっぱいになっちゃうからね。ごはんはほんのちょっとだけでいい。そこにツーっとカレーを、お、今日は田舎風カレー。田舎って何。この芋のこと?バカにすんなよなあ。芋うまいじゃん。だよなあ。

「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」

あー、ハイハイ。さ、食べるか。ああ、うん、やっぱりなかなかですね。ちゃんとうまい。ちゃんうま。チャヌマですよ。いい店だねー、やっぱり。この、人が料理を取り、食に思いを馳せ、味わっているときにも店内でひびく「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」の声を除けば。

「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」

あー!もう分かった。俺は今バイキングを取ってきたし食っている。だからもう、俺の周りをうろうろしながら、「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」と声を張り上げるのはやめてくれ!

「いらっしゃい・・・」

やめてー!

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この店、店内を料理を持って走り回る店員が、常に大声で「いらっしゃいませ、バイキングはいかがですかー!」を連呼する。

自分がまさに今やっていることをすぐ隣で勧められる、この空間の毒気に当てられるとなんだかバイキングを食べている自分が自分から遊離した存在に思えてくる。

ああ、もう。自分は何なのだ。首を振りながら、チキンカツからカツを剥ぎ取ったものを口にするのである。