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エレベーター小話 その2

家を探している。不動産屋を回ってひたすら内見を繰り返すという地味な作業は既に足掛け3ヶ月を超えた。それでもまだ自分の納得できる家が見つからない。

先日も個人的に好きな街である門前仲町で、とある小さな不動産屋に入った。条件を話すとすぐにさっさと、なかなかいい物件を4軒を見つけてくれる。さっそく内見に行くことに。

内見の担当者は不動産屋には珍しく無口な人だった。僕を部屋に招き入れると、部屋の端っこに立ち、ふとした瞬間にボソッと

「天井低いです・・・」

とか

「バランス釜・・・」

などと、自信のなさそうな声で部屋の特徴を伝えてくる。

会話が少ないと不安を覚える私は逆に気を使ってしまい、「なるほど、築30年にしては外観も古い感じもしないですねー」とか、「水周りの配置には結構気を使ってある感じですねー」とか、「ヌケがいいですねえ」とか言ったりする。

そんなことを繰り返しながら最後の4軒目になった。11階建ての11階、最上階の部屋だ。開放感のあるエントランスはいい感じ。スタスターと出て行くピザの宅配店員とのすれ違いも難なくこなして、エレベーターに乗る。

マンションのものにしては大きいエレベータ内は、激しいピザ臭に溢れていた。さっきすれ違った宅配員が配達したピザの匂いだろう。

香ばしいチーズの香り、トマトソースのジューシーかつ爽やかな存在感。サラミやペパロニの重厚さ。それらが残り香とは思えないほどの「そこにある」感を出してたたずんでいた。

食欲をそそる香りの前に無言の私と担当者。11階まで時間もあるし、ここは何か話しておいたほうがいいかな、と思いをめぐらす。点滅する階数表示は徐々にその数字を上げていく。切り出すタイミングがない。7階、8階。

「ピザ・・・」

聞き取れるか聞き取れないか、ギリギリの大きさの声が後ろからした。担当員がようやく口を開いたのだ。しかし、無情にもそれと同時にエレベータのドアも開いた。