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あるまじき姿

仕事中に梅こぶ茶を飲む背徳感。

私は幼少のころより梅こぶ茶が好きである。その茶らしからぬしょっぱいたたずまいは、大きな意外性を持って私の舌に飛び込んできた。と、同時に食べざかりの私にとって空腹をまぎらわせるためにも大いに役に立った(しょっぱいものを飲むと食事をした気になるの法則である)。

梅こぶ茶は茶であるというエクスキューズを持ちつつもその実体はほぼスープ(汁)である。昆布のしっかりとした出汁、くどいほどの塩分、そんな全体を梅の酸味が引き締める。茶だろう。いや、スープだろう。そんな激しい論争にさらされてきているに違いない。先人はこの問題に関して「茶か、汁か。それが問題だ」という名言を残している。

実際、しみじみとしたたたずまいの赤い缶の側面に書いてある用途には、「お湯でとかしてお茶として」「揚げ物にかけて」「おにぎりにまぶして」「舐めて」などとあることからもその立ち位置の微妙さがよくわかる。

そのような中途半端な姿は私をグイグイ締め付ける。もちろん職場は仕事中の飲食を禁止されてはいないが、私を見る人は確実に

「ああ、あの人はお茶を飲んでるんだな」

と認識しているはずである。しかし実態は汁を飲んでいる。そんな人をだますような背徳感がある種早弁にも似た焦燥感をかきたて、それにかられて「アチッ!アチッ!」と言いながら梅こぶ茶をすすりこむ。

茶は心を落ち着かせるために飲む。しかし、梅こぶ茶を飲んで落ち着くのは、塩分をとって食事と勘違いした馬鹿な腹だけである。そういう意味でも梅こぶ茶は茶ではない。汁である。