茶色い一歩
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少し尾籠な話になる。
「会社の同じフロアに勤めているが全く面識のなかった人と、共通の知人が主催した飲み会で偶然隣同士になり、妙な共通点があったりしてその場で盛り上がるが、翌日会社でその人に会ってみると双方なんだかこっぱずかしくなり、挨拶がギクシャクしてしまう」といったことがある。
先日の会社からの帰り際、私とそんな仲のGさんが会社のトイレで隣の便器に立った。
「あ、どうもこんにちは」
「あー、どうもどうも」
「どうっすかー。」
「いやーなんとも」
などというどうにも着地点のない会話をしていたら、Gさん、私の方を向いて下から上へ目線を動かす。目線が私の顔に到達したときに一言。
「あれっすね!茶色いっすね!」
「えっ!」
絶句とともにパァンと激しく思考が駆け巡る。Gさん、下の方を見ていたということは、私の放尿シーンを目撃しているということ。となると茶色いのは私の尿か。はたまたうなりをあげるミートスティックか。というか、なぜだ。まだそんなデリケートな部分を言い合うような仲でもないし、仲良いやつからもそういうこと言われたくないし、Gさんは分別をわきまえた常識人であるし。ああ、もうワタスはどう答えればいいんスかー!
どうしようもないので、もう咄嗟にその「茶色」が表すものを適当にピックアップしそれに対する回答をひねり出した。
「いや〜、お酒を飲みすぎましたかねえ。」
酒の飲み過ぎで肝臓を悪くした人は尿が茶色くなるというのを何かで読んだことがあるために出てきた回答だが、Gさんには一切伝わらなかった。
「えっ?」
Gさんも絶句。無言のままおたがいのトイレッティングが同時に終わる。ザーっと流れる水。チャックを締めて手洗い場に歩きながらGさんは言った。
「いや、コートがね、茶色いっていう。」
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尿が茶色いと勘違いした私も私だが、茶色いコートを「茶色いね」と評するGさんもGさんである。まことに微妙な仲というのはこういう摩訶不思議な空間を作り出すものであるよなあと関心したわけである。