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悲喜

前に住んでいた家の大家はいい人だった。70近いお婆さんだが、挨拶をするといつもにこやかに返してくれる。家賃の滞納を報告しに大家の部屋に行くと、悪くした足を引きずりながらダンボールから大量のみかんを引きずり出して(まさに引きずり出す)くれる。

なぜか深夜12時過ぎに路上ですれ違う事が多いのが多少気がかりだったが、いやみのない素敵な女性だった。

ある日、とある手続きが完了した旨を伝えに数ヶ月ぶりに大家に会いに行ったとき。書類などを手渡し、事務的な会話が済んだら、突然彼女がハラハラと泣き始めた。

大家が「貸しはがし」という災難にあったということは以前より聞いていたので、そのことでつらいのか、と訝りながら「どうしたのですか?」と問い掛けると、鼻をすすりながら答えてくれた。

「なんとか、お金の工面がついたんです・・・」

「わあ、よかったですねえ。」

「○○信用金庫さんがお金を貸してくださることになって・・・」

「これでなんとかなりそうですか?」

「○○信用金庫さんに審査を依頼してて旦那と来る日も来る日もいい結果を期待して待ってたんです。すると電話がかかってきて」

「ほうほう」

「旦那が出たんです。そして審査に合格した旨を聞いた旦那が喜びすぎて転んで死んでしまったんです・・・」


なんとも喜劇的なその出来事に思わず私は笑いそうになってしまい、それを抑えると二の句が継げなくなった。沈黙に耐え切れない私が必死で搾り出した言葉がこれだった。

「ハハハ・・・そりゃあ災難ですねえ」


人生泣き笑いなんていう。思い切り笑った直後に泣いた人、それを軽く愛想笑いでかわした私は自分に泣いた。泣き笑いのサイクルが短いなんてロクなことない。