2025年に発表された曲から、1978年生まれの音楽ファンがグッときた曲を紹介させていただきます。2022年から続けてきて4年目になりますが、だんだん、このベスト選出に自分自身がドキドキしてきて、「さあ、どなたが受賞するのでしょうか!!」みたいな気持ちで音楽を聴くようになってきており、何様感が危険域に達している感じがします。なるべく冷静になります。

さて、選曲のご参考までに、私の属性をご紹介しておきます。
40代中盤、主として90年代の洋ロック育ち。好きなアーティスト・ジャンルはPrince中心のミネアポリスファンク、Post Punk(Talking Heads、XTC、PILなど)とDance Punk、70年代の甘々なPower Popも大好き。国内はムーンライダーズ、たま、近田春夫などが好きです。最近は主としてイギリス、アメリカ、オーストラリア、日本のインディーズシーンをサブスク中心に掘りながら聴いている感じです。メジャーな音楽が嫌いなわけではないです。

こんな感じなので、世間の流行とか、音楽マニアの来年これが来るぞ!とかとは毎度離れてしまうのですが、「あなた達の曲、このおっさんに届いたぞ!」ということをお伝えしたく本年も筆を執らせていただきます。

北園みなみ Meridian

自分にとっての2025年は北園みなみ復活っていうのがかなり大きい出来事でした。

北園みなみは長野県松本市在住で、2010年代前半からSoundCloudに色とりどりの曲を発表し、数枚の傑作EPを出して、Lampの編曲やNegiccoや花澤香菜など複数のアーティストへの楽曲提供を経て、その後はOrangeadeというバンドを結成も素行不良でクビ(ということになっている)、その後なかなか動きが見えない状態が続いていました。

個人的にはEPの「Never Let Me Go」に入っていた「冬を数えて」という曲に衝撃を受けました。冬を思わせる美しいメロディーから、曲のサビに向かうところでテンポを落としながら着地していくところで、冬の曇天がぐわーっと頭に覆いかぶさってくる感じがして、曲の展開が視界のイメージを変えることがあるんだ、ということを思い知りました。その後もOrangeade時代の「わたしを離さないで」でこの人はヤバい人だなということが確定し、それ以来数少ない痕跡を何度も辿るも、この数年くらいは生きているの?と思うくらい音沙汰がなかったところにようやくこのアルバムが来た、という状態です。

待ちに待ったアルバムですので、強い期待とともに聴き始めたのですが、最初はこれまでとの大きな違いに面食らいました。彼の書く曲たちはよくも悪くもキリンジとよく比較されるような「おしゃれ」な優雅さみたいなのが染みついた曲群であったのですが、今回のアルバムは一人の松本市在住の男が音楽に向き合って生々しく生み出した音でした。ボーカルの生々しさ、狂ったようなベースのうねり、贅沢な音の重なり、あっという間に過ぎ去る曲。このアルバム自体30分もなくて、かつ1曲1曲が超絶密度になっており、1曲目の導入から聴かないと取り残されてしまう。完全に不可分のアルバム。いわばPrinceのLovesexy状態なのです。最初は密度に圧倒されつつも、聴くたびに徐々に明らかになる曲の姿が癖になり近年経験したことがないくらい聴きこんでしまいました。

今回こちらでご紹介するのはアルバムから「片足は石膏に包まれ」にします。とはいえ、先ほども申し上げたとおり、是非アルバム通して聴いた上での6曲目に聴いていただくことで曲の意図が良く分かるようになるので、ぜひアルバムを聴きながらたどり着いて下さい。しょっぱなから頓狂な高音のギター(たぶん)とベースとツッツカツッツカ追いかけてくる打音がうねっていく。歌に入るとベースが主体となって曲全体を引っ張っていきながら異常な絡みあいをしながら、他の楽器が複層的にその2つを際立たせるような演奏作りになっているように感じます。

この曲は特に歌詞の情景描写が素晴らしいです。タイトルの通り片足が石膏に包まれた「私」が病院のベッドで片足をつるされている。そこに「彼女」が見舞いにやってくる。石膏に包まれた自分の足の対岸にいて、きっと顔がよく見えないのだろう。

彼女はうつむき
ギプスに落書き
飾らぬショートヘアが
ひざの上無造作に流れる

ギプスに落書きという彼女の茶目っ気と精一杯の近付き。その彼女のショートヘアがギプスという「壁」をなぜて私が身もだえする感覚。何とゾクゾクする描写をしてくれるのでしょう!

アナログ盤発売、メンバーシップ開始など年末からまた動きを始めた彼に2026年も注目することでしょう!また突然いなくなってしまうハラハラも持ちながら。

挫・人間 はじけるべき人生

最後のナゴムの遺伝子と呼ばれてここまでやってきたことでおなじみの挫・人間ですが、現在は2人体制での活動になりました。本作はそんな2人体制で今年の夏に発表された曲ですが、初めて聴いたときはファンである私も「一体俺は何を聴かされたんだ?」と茫然としてしまいました。

再度聴いてみると、2分19秒という圧倒的に短い曲の中に30代も中盤に差し掛かったボーカル下川氏の心象風景が狂うほど詰め込まれています。「ちーす!神よ俺です!」の強烈な自己肯定感からの「おれはもうだめだ~~!」の最悪の自己嫌悪が数秒単位で繰り返されていって、結果の「おめでとうございます」に聴く人全員が爆発的に取り残されます。バカのスピード感。

その後のペットショップボーイズ的音像に乗せた「君の街にもボクが来るんだ!!」という心から強い自己肯定の言葉と、「ボクの街にも君に来てほしい」というクッソ弱い希求。私の理解していた挫・人間がギュッと詰まっており、彼らはこれからも迷いながらこれで行く、と伝わってきます。2分19秒のベストアルバムみたいな感じで何度でも聴ける名曲です。

 

Mei Semones – I can do what I want (Official Video)

2024年にレッチリのフリーが「ハマッてる」と言ってからにわかに注目度が高まり、2025年はフジロックにも出るなど、私がここでおすすめするまでもなく日本目線でも大きくブレイクされたMei Semonesさん。日本生まれの母を持つアメリカ人です。

曲のベースはジャズ・ボサノバでありつつもオルタナ~マスロックあたりの風味を取り込んだこの曲は、耳当たりのよい声にストリングスが入ることにより、大変新鮮な音として飛び込んできました。ほどよく不安定さを持ちつつ引き離さない、という絶妙な曲のライン引きに、ロックにこういう音楽のゾクゾクってあったよな、と思いました。これからも非常に楽しみなアーティストです。

The Belair Lip Bombs – Don’t Let Them Tell You (It’s Fair)

オーストラリア、メルボルンのバンド「Belair Lip Bombs」の最新アルバム「Again」に収録された1曲です。まず、私はこの曲のイントロ後のギターの爆裂ボリュームに感激してしまいました。パッと思いだしたのはMatthew SweetのファーストアルバムGirlfriendです。このアルバムはMatthew Sweetの圧倒的にポップなメロディーの上にかぶさるように全編に渡って元TelevisionのRichard Lloydがドリャーーーーッ!って爆音のギターをかき鳴らしており、アルバム全体がまさにギターロックとポップを聴きたい人への福音みたいなものでした。
で、このBalair Lip BombsについてはMaisieさんのストレートな声と、臆すことなく爆音でテロテロと介入してくるMike さんのファズギターが曲の高揚感を高めており、最高に決まっているんですよね。往年のパワーポップファンの胸を「わしゃまだ生きとるで~」と熱くさせる展開となっております。是非聴いていただければと思います。

なお、こちらのライブのギターはRichard Lloydではないんですが、ギターのボリュームは完全再現しています。動画のコメント欄でも「なんだこのギターの音量は?」って言われているのが笑います。

オーストラリアやニュージーランドのインディーロックのシーンはアメリカ・イギリス等に比べて、回顧とかオマージュとかの文脈も必要なく、ストレートにギターのロックをかき鳴らしてくれるバンドが多いな、と感じており、個人的には「こういうのが聴きたかったんや!」となることが多いです。今年出た「The Beths」の新譜もマジで最高でございます。是非皆様もそっち方面にも手を出してみていただければと思います。

サザンオールスターズ – 悲しみはブギの彼方に 

(期間限定公開のライブ映像なので消えてるかも)

小学生の頃、親が買ったサザンの各アルバムをすり切れるくらい聴いてて、浪人生時代に渋谷陽一のラジオきっかけでLittle Featを聴いて「いとしのフィート」ってそういう意味やったんか!って気付く体験をし、そのままLittle Featにドはまりしていくという割と幸せな音楽経験が出来た、というのは自慢です。

この曲はファースト発表前にできていた曲だそうで、ファーストでは「いとしのフィート」と曲調も被るため落とされた曲なんだそうですが、改めて円熟した桑田佳祐のスライドギタープレイが、ローウェル・ジョージへのリスペクトに溢れていてそれだけで泣きそうになってしまいます。

この曲はLittle Featの中でも「ラスト・レコードアルバム」くらいの時期を参照しているように感じるんですが、この音を当時の20代前半くらいの桑田青年が自分の曲として日本の曲に仕立て上げるとか、何が起こってたんでしょうか。リスペクトを持ちつつ自曲に消化していくという、やはりすげえ人なんだなという単純な言葉しか出てこないですね。

明日の私に幸あれ / ナナヲアカリ

年末も差し掛かった頃に荒川区泪橋から近い古い居酒屋のカウンターで一人飲んでいたんですが、だいぶ飲んでさすがにそろそろ店を出ようかというときに、ほぼ浮浪者の身なりで酩酊した60過ぎの男性が入ってきました。ろれつの回らないクチで「酒をいっぱいくれぇ」と注文しましたが、店主が「ごめんな~、もう次の人の予約があるんだわ」とやわらかく入店拒否を伝える。男性は聞こえているんだか聞こえていないんだか分からない感じの風で、ずっと居座り続けている。膠着した状態がしばらく続いた中で私の会計が完了したので、私は「なんか、今日は店がいっぱいだってさ、他の店にしたほうがよさそうだよ」って声をかけたら「そうが~~、むずかしいもんだな~~~」といいながらしぶしぶ立ち上がってくれて一緒に店を出ました。男性は店を出ると「しあたねえなー、にーちゃんいっぱいどうだ?」って誘ってきてくれたのですが、私も家にいる子供のために角上魚類で買ってきた魚を持っているのでごめんなさいね、と丁重に断りました。

帰路につきながら、10年くらい前だったらちょっと考えたかなとか、いやいや、さすがに無理だろとか、この寒い季節にどこに帰っていくのだろうかとかモヤモヤと考えながらiPhoneで音楽をかけたら「はんぱないぱっぱっぱらっぱら・・・ヘイ!」と、この曲が流れてきて何か琴線を刺激されて危うく泣きそうになりました。何でしょうかね。酒を飲んでいたので、たぶんその人の境遇への勝手な決めつけで勝手に感極まったんですよね。明日への自分の期待とか、今日この日の酒を飲みたいとか、とりあえず酒の前に風呂入って洗濯かな、とか、明日の彼に幸あれ、とか勝手に思いを巡らせて実に迷惑でありますが、その感情を突き動かすのに高いポテンシャルを持った曲だと思ったのです。

玉屋2060%氏については、もはや近年の耳に触る(失礼)ヒットソングを大量に作っていていまさらおっさんに評価されても迷惑だと思うのですが、こういう音楽を彼に作らせたら「上がり」みたいなところまで持って行く才能には心からすごいと思っているのです。PPAP的な方程式から始まってBメロのタラッタラッタラッタラッタラッタのリズムとか、Cメロの抑制のところとか、1つの曲がテーマパークのようになっていて回遊していく楽しさを感じさせる様々なスキルが詰まっています。特にこの曲はその詰め込み方が上品で、もっと行け!という期待とともに聴き続けさせるギミックに溢れた曲です。

なお、こういった仕事系の曲では打首獄門同好会の「働きたくない」も名曲です。「働きたくない」は仕事のネガティブな側面をそのままにしながらも、「働きたくないわー、マジでしんどい。でも悪いことばかりじゃないし、明日もやるかー、働きたくないけど」という曲。それに対し「明日の私に幸あれ」は「仕事はちゃんとしつつ、明日のために可能な範囲で自分の欲望に忠実に生きようぜ」という曲。まあ、言ってみればどっちも空虚といえば空虚なんです。でも、その空虚の繰り返しこそが人生ではあるし、その空虚をエイヤエイヤと漕ぐための一時の掛け声が労働歌として吐き出されることは何か一定の真実があるような気がする。働く人も働きたくない人も働かない人も、それぞれがうめきなのか軋みなのか喜びなのか分からない音を出していく、それを感じることができるおすすめの曲です。

ということで例年のように長くなったので前半はここまで!後半にきっとつづく。

coldsoup

自称ホームページ第3世代の旗手

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