贅沢ってなんだろう

贅沢って何だろう。

わたしにとっての贅沢といったらシチューだ。
日曜の昼下がり、買い物への行きがけに母が私に聞く。
「今日、シチューしようかとおもうんだけど、ビーフシチューとホワイトシチューどっちがいい?」
幼きころの私はこの問いになんと悩まされたことだろう。

ビーフシチュー。
その褐色のたたずまいはまだ知らない大人の世界を思わせる。濃厚なとろみと少しの苦味のあるルーに包まれた大振りの野菜は私の気分と食欲を高揚させた。ちなみに我が家で出るビーフシチューにはもっぱら豚肉が入っていた。

ホワイトシチュー。
そのやさしげな風貌。味もクリーミーでマイルド。白の中に埋もれるブロッコリーを見つめる私の目は雪に覆われた常緑樹を見つめる目だ。私はホワイトシチューにコショーをかけるのが好きだった。邪道かもしれないが、白い表面がみるみる黒くなっていくその様はちょっとした官能的興奮を私にもたらしていたのだと思う。親に「やめなさい!」とコショーをとりあげられ、思わず「ホワイト!」と叫びだしたこともある。

どっちかを選べなんて残酷だけど、確かに仕方ない。この2者は材料はほぼ同じ。形式も同じだから、同時に食卓に並ぶことがない。だから私はいつも悩んで「ッホ…ホワ…イ…ビーフ」とか言ってた。悔しい。どっちも、なんて無邪気に答えられたらどんなにいいだろう。

でも、一人暮らしの今ならできる。できるけど何か一歩が踏み出せない。私の奥深くの何かがその行為を止めているのだ。贅沢に対する妬みとか嫉みとか罪悪感とか、くだらない感情が邪魔してるんだろうか。いや、そうじゃなくて、贅沢をかなえてしまったときの喪失感が怖いのかもしれない。そんな思い悩む日々を送っていた。

そこで、先日この鬱憤を友人に打ち明けてみた。するとどうだろう。
「あ、ウチ、ビーフシチューとホワートシチューは絶対一緒に作ってた」

なんでも彼女の家では祖母が味の濃いものがだめなので、ビーフシチューやカレーが出る日は必ず小さい鍋でホワイトシチューを作っていたらしい。子供のころの彼女はビーフシチューを食べながらも、おばあちゃん用に作られたホワイトシチューの残りを奪い取り、その両方にうまくありつけたというわけである。

なんたることか。私が絶対の贅沢だと思っていたビーフシチュー・ホワイトシチュー同時摂取(略してビホ同)は、彼女にとっては日常だったのである。

贅沢ってなんだろう。私はシチュー以外の贅沢を無い頭を絞って考えてみた。

・六甲のおいしい水100%のお風呂に入る
・全身にローションを塗りたくって室内を滑りまわる
・カツカレーを頼んでカツを残す

それには飽き足りず、友人たちに聞いてみたら、こんな回答も頂いた。
・松屋でビールを飲む
・薄着でホカロンを貼りまくる
・バッティングセンターで全球見逃す
・窓全開で暖房つけっぱなし
・スイカの真中の部分だけかじって捨てる

いよいよよくわからない。よく分からないからこそ、もっと調べてみようと思う。


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