サイト開設初期に更新していた写真を利用した日誌を集めたコーナーです. どっと重いですので気をつけてください。 ちなみにこれは「こんなに重たかったんだから面白いはずだ」と思う、「努力の正当化」という社会心理学の理論にのっとっています. 2003年1月末 禁肉マラソンに参加しました.詳細はこちら. 2002年8月16日 お盆.先祖の供養や終戦記念日でおセンチな気持ちになった私はちょっと遠出をしてみようと,一人車を走らせた. 目的地なんてなくていい.ただエンジンの音だけが聞こえる車の中で,気ままにハンドルを回せばいい. そうこうしていたらハワイに着いたよ. fig1 ハワイのセントラルステーション,ハワイビーチ ここはハワイ.ハワイがどこにあろうが関係ない.私の目の前には厳然としてハワイが横たわっている.それだけでいいじゃないか. 車を降りて歩いてみる.fig1を見ていただきたい.ハワイの中心に位置する建物だ.海で泳いだり,バーベキューをしたりして疲れた人たちのための憩いの場であろう.中に人っ子一人いず,やや潰れた感もあるが,食事やゲームが楽しめるならなんら構わない. 私も,ハワイのつづり「HAWAII」はなぜ「I」が二つ?という命題に答えを出すことに疲れたところだったから,店の前で食事をしたり,ゲームをした気になってみた. fig2 ハワイの何気ない風景 さすがハワイ.日本語の案内はバッチリ.「湖畔のいで湯」だなんてしゃれた言葉も使えるとは頼もしい限りだ. そのおかげでなんら迷うことなく観光を進めることができた. 温泉も結構いけた.本当に日本人の心を分かっているよ.ハワイの人は. 写真奥のあたりでは梨を栽培しているとか現地の人が言っていたが,それはさすがにあるまい.たぶんアボガドとかだ.日本人を安心させようという憎い演出だね. fig3 ワイキキビーチ やっぱり本場のハワイだけあって,砂浜も本格的.海辺も見えないほどにうず高く積もった砂.回りをみても砂ばかり.なんて光景なんだ.まるで砂丘. 絶景に圧倒されながら,ついつい,「ビーチはどこだ」って裸足で駆け出しながら叫んでしまいました.テヘヘ. fig4 馬車 やっと異国情緒あふれる風景に出くわした.よく見えないかもしれないが,馬の背に乗って操っているのはくまのプーさんだ.くまに運転を任せるとはさすがワイキキ,やることが違う.御者が熊で,心なしか馬もうなだれ気味. くまの釜山. いや,言ってみただけです. fig5 ハワイ生コン 観光でにぎやかに見えるハワイでも,地に足をつけた産業は存在する.その一例がハワイ生コン. 「国道183号線の脇が崩れたそうだ.一刻の猶予もない!」 その知らせを聞いたハワイ生コンの人々.今日は休日出勤だ. 我先にと作業着に着替え,工場に向かう.目の前には砂利だ.まだまだ生コンクリートには程遠い. 間に合うか. 「生々しさが足りないぞ.もっと生に!ハワイを守るんだ!」 男達は必死で砂利をかき混ぜる.渾身の力をこめた筋張った手から汗が一粒,一粒滴り落ちる. 「山芋はどうだ!?」 「いや,モロヘイヤのほうがネバネバしている!」 コンクリートは生物だ.その日の気候によって配合は変わってくる. 「そうか!オクラだ!」 議論を重ね,さまざまなネバネバした物体を投入し,次第に流動する液体のようになってくる,しかし彼らは混ぜる手を止めない.何時間たっただろうか.目の前には灰色のコンクリートが横たわっていた.誰一人として言葉を口にするものはいない. 無言のまま一人がコンクリートにシャベルを差し入れ,確認する. 生,だった. こういう方々が我々の楽しいハワイ紀行を支えてくれているのだ.地殻を越えてマントルあたりまで頭を下げたい. ・・・・・・・・・・・・・・・・・ というわけで想像以上に人が少なかったが,ハワイの町並み,自然,人々は私に深い真実味を与えてくれた.まことに意義深い旅行だったと思う.みなさんもハワイに行ったなら,バーベキュー,バーベキュー言わずに,雄大な自然,人々の暮らし,そして生コンをじっくりと観察してみてはいかがだろうか. ロケ地 羽合町 2002年6月23日 今日は散歩をしました。 東京都新宿区高田馬場にて。 即席ラーメン専門店。メニューにはチャルメラ、出前一丁、うまかっちゃんなど、日本の有名ラーメンがいっぱい。それが280円なんて超お得としかいいようがありません。右の風俗店の看板、「エロTTドコモ」も見逃せない。ちなみにこの風俗店、以前は「性道快感」という名でした。 あと、チョウ・オトクという名の韓国人とかいたらいいのにな、と思いました。 これも高田馬場にて。誰かが「ウガー」と川に投げ入れたんだろう。 想像の中で展開されるウガー感。ぼっちゃんぶくぶく。 行き止まりパースペクティブ。(画像クリックで大きい画像になります) 風景だけでなく、文字でも知らされる行き止まっていく様。わかってるよ。わかっているんだ・・・。 まあ、この道の奥に住んでいる人は、とてもうざったいのだろうなと、至極まっとうな感想を持ち、逆方向に歩を進める。 (参考 たそがれ行き止まりだより) 豊島区目白にて。目白の高級住宅街を歩いていたら、屋根の上に、向かい合わせに同じポーズをしている猫がいました。 高級住宅街に住む、高級ノラキャットはこういうポーズがスタンダードなんでしょうか。でも特に左側は無理な骨格。 女性がコルセットを締めるようなものですかね。 ちなみにこれ、一枚の写真には収まりきらなかったので2枚に分けたのですが、これではおかしさも伝わらないというものです。 と、唐突に終わってみる。 2002年3月18日 尾道に行ってきた。自分が運転してどこぞへいくのは初めて。四万十川を待ち受けていた尾道はどのような顔を見せてくれたのだろうか。 おっちゃん。旅行など全くしない私はこういうおみやげ物に免疫ゼロ。本気で食指が動く。 ボスのパチモノ、ブスのTシャツを買った高校時代の自分を思い出し、手を引っ込める。 大林宣彦の映画「転校生」で二人が転げ落ちた階段を、自分も転げ落ちてみた図。 「さよなら、私!」 ああ、小林聡美。ああ、尾美としのり。あなたたちもこんな風景を見たの?この後、小林聡美のヌードを思い出し赤面。 ライド価格破壊。 すすけぶりも最高だが、10円という値段には頭が下がる。コンセントはささっているので動くように見受けられた。 じゃあ私も、なんて思ったが70キロオーバーの私が乗ったらさすがのQ太郎も地上1メートルくらいしか飛べまい。 廃館になった映画館に唯一張ってあったポスター。最後の映画がパールハーバー。 リメンバーパールハーバー。 この映画館の主は夜ふとんに入るたび「うわー、最後の映画がパールハーバーって。うわー。ラズベリーって。うわー。」 と、リメンバー。アンドリグレット。 千光寺のロープウェーをあがってすぐそこにある「グリル展望台」のメニュー。 たこ丼、たこラーメン、たこカレー、たこそばにたこうどん。 千光寺公園のすばらしい情景で尾道情緒に浸っていたところに来るカウンターパンチ。 グリルの意味を再確認しつつ先を急ぐ。 尾道は人をセンチにさせる。 しまなみ海道は、尾道から四国の今治までをつなぐ道。 通行料金普通車5250円が阻む二人の愛。歩いて渡ろうとするが、動悸、息切れで胸が苦しくなるあきお。 仕方なく尾道に引き返すあきお。 がんばれ。愛の手始めにジョギング。 タイル小路にあるタイル。俺も中国には行きたいけど、中国地方で我慢してるよ。 かわいい。こんな風にダメよってとめられるんなら、今の自分をやめてもいい。 もういい。もういいんだ。 仏像があるおかげで自分を見直す、よくある光景だ。 こんな旅しかできない自分を悔いつつ尾道レポートを終わる。 2002年2月11日 東京都杉並区西荻窪.私が大学に入ってから4年間を過ごした素敵な町である. 今日は西荻に引っ越してきた友人のために写真満載で西荻名所案内をしていこうと思う。 西荻知る区ロードです。写真ではよく分からないと思うが、手前の看板には 「知る区ロード直進が良いです」 と書いてある。しかし、その先に見える黄色い看板には 「この先行き止まり」 とある。 西荻疑心暗鬼。 あの一輪車の子供は、それを知ってかしらずか知る区ロードを横切っているが、それは正解であるといわざるを得ない。 希望あふれる子供が一輪車で行き止まってしまうなんて。見たくない。 知る区ロードの先の公園にあるサイバーぞうライド。右端のねじをぞうの目に見立てたいようだが、他のねじの存在をどうするのだと問いたい。 座るところは鉄板が平たくなっており、どうも踏み台っぽい。 ライディングプレジャー(C)よりもスタンディングプレジャーを重視したつくりになっているようだ。 あぶないよ。 献血リーダー。率先して400ccを献血する心意気。友人にも400ccを強制。 友人はそんな彼の元から去る。そしてひとり。 バスタブに血をささげ、自らの命を絶つ。 献血リーダー、死まで先回り。 ザイス。「New York」だったり「Great」だったり「Cycle」だったりするわけだから、「ザ・イス」であってほしい。いや、たぶんそうなんだと思う。 緑色が特徴的だが、何の変哲もないアパート。その名前はハウス(HOUSE)。名は体を現す。 ・ビール券 ・切手 ・ED紙 EDの証明としてのED紙。そんなものは売ってしまいたい。 まずはレッテルから売り払ってしまえ。叶屋質店はそれを応援してくれる。 どうだっただろうか。いまどきの西荻。リヴィングプレジャーを追求できる町であるといっていいだろう。 こんな素敵な町を紹介できて私はうれしい。 明日大学近辺の部屋探しに行きます。 2001年4月11日 今日は風邪で家から一歩も出ていないので、私が数年間愛用しているパジャマの話をしようと思う。 これは、私の父親が数ヶ月間着ていたものを、私の引越しの際、譲り受けたものである。購入した母によると、私の実家の隣町のショッピングモールで見つけたらしい。 私はこのパジャマと数年間、寝食を共にしてきた。そのため、ズボンのゴムは伸びきり、並よりウエストの太い私でもぶかぶかになってしまった。はいているとすぐ膝元までずり落ちてしまう。しかし、捨てるのももったいないので、さながら変質者のような光景をつい先月まで繰り返してきた。 先月ユニクロで新しいパジャマズボンを購入し、このパジャマもお役ご免。さようなら、私のパジャマ。 とここまで書いて来たのでこのパジャマを写真で紹介しようと思います。 読めるだろうか。 心が豊かになります。 |