愛でろ!梨!
●あなたの全く知らない世界

2階では、梨人物展というものが開催されていた。意味もなく反芻してしまう。「梨人物展」。部屋に入ると二十世紀梨の開発に寄与した偉大な「梨人物」がパネルで展示されている。このパネルには勇壮なキャッチコピーとともに、梨人物の詳しい歴史が記されている。どどっとみていただきたい。



一生涯をナシと取り組んだ二十世紀なし栽培技術の父



ナシ栽培の先駆者、大旦那の福田哲蔵



巌窟王と呼ばれた稀代の果樹栽培家

梨栽培という私が知らない世界にも、これほどまでに名を残す人間がいる。私たちの生活はこのような名前も知らなかった偉大な人物によって支えられているということを知らしめてくれる。たとえば、靴紐の先っぽのビニールも考案した偉大な人がいるのだろうし、コンビニでサンドイッチを二つ買うと袋に三角のサンドイッチを逆さに重ねて四角にして入れるという方法を考案した偉大な店員もいるはずなのだ。ありがとう。名も知らぬ偉大な人。

それにしても、岩窟王と果樹栽培。アクロバティックな組み合わせに思わず感嘆の声があがる。私もそんなキャッチコピーが欲しい。

・異邦人と呼ばれた国粋主義者

・ソーセージと呼ばれたきゅうり

・さよならだけどさよならじゃない


すみませんが、このコピー、だれかもらってください。


●過剰なリアリティ

梨記念館2階のもうひとつの目玉が「梨の不思議ガーデン」である。「自分が虫になった気分でナシ園や土の中の世界をおもしろく探検」するコーナーである。虫になった気分なんてなかなか味わえない。貴重な体験をさせてくれる素敵な場所に違いない。



写真は梨の不思議ガーデン入り口であるが、遠めに見てもなんだかいやな予感がする。左右にあるのはなんだ。近づいてみる。



右側のオブジェに近づいてみた。しかし、実はこれはオブジェではなく、実際に乗ることのできる虫ライドである。世の中に様々なライド(参考:テーマパーク4096)はあれど、虫をモチーフにしたものはここ以外にはないのではないだろうか。別アングルからもう一枚。



ちゃんと取っ手もついている。おそらく乗ったら揺れ動くのであろう。まさに虫体験である。虫に乗れたからどうなのか、とも思うが、気持ちが高揚するのは確かだ。
残念ながらこの虫ライドは故障中らしい。体重制限が30kg以内と厳しいが、虫を前にいきり立った大人が無理やり乗ったのが故障の原因ではないかと推測される。ゆっくりと復活の日を待ちたい。



左側のオブジェは動くことはなく、ただストイックに虫である。机にべろりとこうべを垂れており、やや卑猥な感じがする。

夏の暑い日に「あー、暑いなー」とひんやりしたものを探す。ほどなく木の机が目に入り、顔を机にぺっとりとくっつけてみる。うん。ちょっとひんやり。あ、そういえば下腹部のほうも熱いなあと思い、チャックを下ろしてミートスティックをノサっと机に乗せる。そんな誰もがやった体験を暗に表現しているのだろう。



さて、このような虫に怖気づかずに、続けて不思議ガーデン内を歩く。ガーデン内は広く、様々な趣向を凝らして我々を虫の気分にさせてくれようとしていた。



梨の中の虫の様子を模した図。ぬらぬらと光る果肉にどっしりとたたずむ虫たち。梨のイメージアップには逆効果ではないだろうか。



腐った梨のオブジェ。ちなみにこのオブジェは直径1メートルくらいある。



真っ暗な空間に「手で押してください」と表記がある。押したらこんなのがムーディーな照明とともに浮かび上がる。

なんだかもう、虫でおなかいっぱいだ。「虫でおなかいっぱい」という言葉を吐いた先から本当におなかいっぱいになった自分を想像して滅入る。もう虫の気分なんてこりごりだ。


●そしてクライマックスへ。

虫ですっかり気分が滅入ってしまった私は不思議ガーデンを後にして、隣の企画展示室へと重い足をひきずる。企画展示室にはおもちゃ作成コーナーが設けてあった。コマの絵付けや、万華鏡づくりなどなかなか楽しめるものでいっぱいだ。私も万華鏡作りを体験させていただいた。「そこは違います」と館員の方に怒られながらもなんとか作成したが、中身をみないままどこかに捨ててしまった。まんげだいなし。

この企画展示室の隅には梨の形のメモ帳に来館の感想を書いたものがたくさん飾ってあった。ほうほう、みんなはここに来てどんな感想を持ったのかな。



梨館に来てもティラノザウルスが頭から離れない子供。写真右上には得体の知れない生き物を描いたものもある。どういう自己顕示だ。



「M・EくんとLOVEになれますよーに。幸せになりますよーに」
絵馬か何かと勘違いしている。

ロクな感想がない。もう疲れた。二十世紀梨記念館はとてもすごいところだ。特に虫の造形はすばらしかった。さあ帰ってビールを飲んでお風呂に入って寝よう。そう思って展示室を後にしようとしたときに、ひとつのメモが目に入った。



なし、大好き。

ああ、そうだった。私は梨を愛でるためにここに来たのだった。私は初心を忘れ、梨人物や虫に夢中になってしまっていた。館の主役なのにどこまでも存在感の薄い梨。

梨なのに記念とかされていて嫉妬していた私。

この梨記念館をおとずれてみると、やはり梨は地味だった。摘果され、選別されても虫に食われる。記念されているのにその存在をすっかり忘れ去られている。そんな少し悲しい梨。その姿をみたおかげで私は素直に梨を受け入れることができそうだ。日陰者同士がんばろうぜ。梨。ありがとう。梨記念館。

猫背で私はこの記念館を後にした。


おわり。



追記:ちなみに出口あたりで無料で試食のできる梨は非常においしいものでございましたよ。おいしい梨はおいしいんですねえ。
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